「もしもし?」

声は震えてないか。裏返ってないか。この電話はお前に繋がるか。
震える指で打ち出した電話番号。高性能の携帯は少しのノイズが入る隙も与えず、お前の声を鼓膜に伝える。

「もしもし?あの、お、俺―」
「小町?小町だろ」

お前は相変わらず少し高い声で何度か俺の名前を連呼して、そして笑った。

「久しぶり」

のどがつまったみたいにそれしか言えなくて。あぶなく泣きそうになって余計言葉がでてこなかった。

「久しぶり、じゃねえよ。お前さ、どれだけ音信不通だったかわかってんの?」
「携帯変わってなくてよかったよ。繋がらなかったらどうしようかと思った」

そうしぼりだして言うと、お前はまた笑った。

「もう三十路の親父がそんな情けない声だすなって」

しばらく俺はお前の懐かしい声なんかにひたって、思い出話にも花がさき、再会の予定をたてるのは電話で話始めてから随分と経ってからだった。

明後日、午後8時に。

確かめるように言う声は、15年前となんらかわらない。俺はまた少し泣き出しそうになった。

「花見しよう。ビールとか買っておくし」

切る間際、お前は思い付いたままにそう言う。きっと自分でそんなことを言ったことさえ、明後日には忘れるくせに。笑い声だけで曖昧に答えると、少し強い口調で

「葉桜になってんだし、人もそんないねえよ、きっと。ビール買っておくし。な」

と、いかにも乗り気だったから、俺はしかたなく了承した。

「じゃあ―」

彼が言いかけたとき、確かに受話器の向こうで小さな女の子の声がした。

”パパ”

そう、聞こえた。続いて、優しい女性の声。

”パパは電話中でしょ。みいちゃんは、ねんね”

そしてお前は俺じゃない、向こう側の相手に言う。

”少ししたらパパがそっち行くから、まってろみいちゃん”

手が震えた。

「悪い。じゃ、少し遅れるかもしれないけど」
「いや、俺ももしかしたら遅れるかもしれないし」
「お互い様だな。それじゃな」

いつもは特に感じないのに、いやに冷たく電子音が耳に響いた。




「泣くかと思ったけど、けっこう泣かないもんだな」

中学の卒業式が終わり、いつもの帰り道を二人で歩いていた。お互い、学生服のボタンは一つ残らず取られていたけれど、それが少し誇らしくもあった。きっとお前は、そうだったろう。絶対に泣いたはずなのに―そうじゃなかったらそんなに目は充血しないだろうに―そう強がって見せるお前がなんだかおかしくて、俺は隣で鼻をすすりながら笑った。

「小町とも、もう馬鹿できなくなるな」
「そんな感傷に浸るようなこと、言うなよ」

別れ道で立ち止まると、お前は長くて綺麗な指で不器用に、胸についた造花をはずしてそれを俺にくれた。

「高校、別だけど。友達、な。お前のも」
「あ、うん」

お前みたいに綺麗じゃないけど、比較的器用な俺はすぐに造花をはずす。卒業生は皆、違う造花をつけている。第二ボタンなんかよりも貴重な気がした。造花を渡し、強く握手をした。

「俺、友達ん中で一番小町が好きだったよ。お前、頭いいしおもしろいし」
「俺も、井上が一番、好きだった」

違う、意味で。
だけど俺のことを好きだといってくれたことが、飛び上がるほど嬉しかった。きっとお前はすぐにそんなことなんか、忘れちゃうだろうけど、俺は。

四月になり、高校に進学してからはなかなか連絡も取れなくなり、進路もなんとなく知っているけれど直接は聞かない。そんな関係がずっと続いて、いつのまにか何年も音信不通になっていた。その間、俺は大学は下宿だったりそこで初めて男との関係をもったり就職してまた違う場所で暮らしたり、と転々とした生活をしていたのだけれどなんとか昇進して、なんの因果か故郷の支部を任されることになった。
そして思いだしたのは、お前がまだ声変わりもしない声でいった、

「好き」

の二文字。

本当は何度も電話をしようと思った。だけどきっと、とらわれているのは俺だけだってわかってた。何度も見て、何度も指でさわって、空で打てる番号を。



「久しぶり」
「本当、お前はいつも遅い」

約束の時間を三十分も遅刻していった俺の首に、お前はずっとそうしていたみたいにその長い腕をからめてわざと締め付けるようなマネをする。だけど絶対に待っていてくれるんだよな。お前は。
葉桜がほとんどの公園は、予想のとおり人気もほとんどなくたまに吹く風にのって、調子はずれのカラオケがかすかに届いてくるばかりだった。オレンジ色の街灯がいい具合にぼんやりと光っていて、気持ちがいい。手ごろなベンチを見つけると、二人で座った。俺が買ってきたビールをあけて、つまみもあけて、静かに乾杯。しばらくは近況なんかをぽつりぽつりと話して、たまに乾いた声で笑った。

「そういえば、お前結婚したんだな」

昨日言いそびれたことを、ぽつりと言う。心配していたほど、かすれた声は出なかったし震えた声でもなかった。

「そう、本当は小町にも結婚式きてほしかったのに。消息つかめないってああいうこと言うだな」

へへ、と笑いながらお前は一枚の写真を取り出した。そこにはお前と”みいちゃん”と優しい声の女性が写ってる。

「女房がひろみ、娘がみなつっていうんだ。大学の同級生で」
「そっか、幸せなんだな」
「当たり前だろ。お前は?」

はは、と苦笑しか出なかった。まさか同性愛者だといえるはずもなく、そんな風にごまかすことしかできない。お前は俺のが答えないことを知っていたのか、そんなに興味がなかったのかビールを一口飲んで、また少し思い出話を口にした。

「さて、そろそろ終電もなくなるし帰らないとやばいな」
「ああ。けっこう飲んだけど酔ってないか?」

先に立ち上がって、俺に手を出す。あのときあんなに細くて長かった指は、いつのまにか働く男の手になっていた。相変わらず指は長かったけれど、当たり前か、1本1本は太くたくましかった。薬指の指輪が、光もないのにきらりと輝いた。俺はその手をとり、立ち上がる。

「けっこうな、酒は強いほうなんだ」
「へえ、意外」
「まあな」

駅まで肩をならべて歩くと、中学のころを思い出す。それは必然だ。

春の桜並木を
夏の陽炎の中を
秋の落ち葉を踏んで
冬の雪をまるめて

お前のその器用に見えて実は不器用なきれいな指だとか、まだ声変わりもせずに、たまにかすれる高い声だとか、自分から言うくせにすぐに忘れる性格だとか

何よりもどれよりも
ただ
ただ

お前が、
お前が隣にいることが
お前が、
お前が隣にいてくれる自分が

大好きだったんだ。


「じゃあ、また連絡くれよ」

お前は上り、俺は下り。ホームが違うから改札を通ったら別れ道だ。

「ああ、また酒でも飲もうか」
「今度はうちに来てくれ。女房にも紹介したい」
「ぜひ、お邪魔するよ」

ひらひらと手を振るお前は、卒業式のあの日と、変わらない。きっと自分で、家に招待するといったことさえ今度会うときには忘れているのかもしれない、お前は、変わらない。そして俺はきっと明日からまたお前のこと考えて報われない想いばかりを抱くんだろう。捨てきれない、想いを。
しばらくそこからは動けず、上りの電車が発車するまでホームには上がらずにいた。きっと見てしまえば、ますますこの想いは募り、行き場を失う気がした。

本当に
ほんとうに

だって好きだったんだ

END

***
これはLarms〜切ない企画〜(?←)で書かせていただいたものです。
これが切ないかどうかは判断に任せますorz
同性愛的なのが苦手な方はすいませんでした。
 

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