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ヒグラシと雷
もう昼過ぎからヒグラシが鳴いていて―その名前のとおりなら夕方に鳴くべきだ―しばらくしたら、ごろごろと雷がだたをこねているみたいな音もしだして、すごい和音。私は網戸にしたままの窓のすぐ下で、ごろごろと寝返りをうったりしていた。
カナカナカナ、と優雅に鳴くヒグラシと、ごろごろごろ、とだたをこねている雷。
なんだか馬鹿にはできなくて、むしろ親近感さえわいてしまいそうでなんだかいやな気分になったとたん、雨が泣き出した。すごい勢いで振り込んできて、あわてて窓を閉める。窓の向こうにはどんどん雨水の膜ができて、透ける外の景色とかぶって、やっぱり透ける私の裸の体がそこに映っていた。
今日も外に出れないな、とは思うけれど、どうせ晴れてたって私は外なんか出ないんだからあんまり意味はないのかもしれない。だけど、せめて雨が降ってるっていうそれが言い訳になる気がして、自分でもわからないうちに少し安心した。
私はもうずいぶん、この部屋でこうして寝返りばっかり打っている。たまに歩いたりとか、ご飯をつくったりとかもするけれどほとんどが部屋の中。アパートの一室で、ごろごろ、ごろごろ、あの人がくるまで待っている。
あの人、っていうのは私の恋人だけどたぶん私のほかにもたくさんの恋人がいて、それがいやだとは思わないんだけれど、あの人はいつここにくるかもわからないので、私もここを抜け出す算段もつけられない。アルバイトもしていたのだけど、あの人がたまに置いていってくれるお金で生活できるし、この部屋にくるときにいつも買い物をしてやってくるから、食べ物は基本的に買わない。
そんな暮らしをもう三ヶ月か、それ以上、している。
あの人は名前を呼んで、というけれど名前を呼ぶほどに親しくはない気もする。だから呼ばない。呼べない。
相変わらずヒグラシが鳴いて、雷がだだをこねていて、雨も泣いている頃にあの人はやってきた。私はパンツを一枚だけはいていて、あの人はスーツをしっかり着こなしている。
「また、そんな格好して。風邪ひくだろう」
「体だけは丈夫なの」
「そう」
「うん」
甘い、香りがする。あの人の匂いなのか、それともここに来る前にあっていた誰かの残り香か。鼻もいいんだよ、と思い出したように付け足すと、そう、とゆるりとした答えが返ってきた。白いビニル袋が目の前に突き出される。
「何か、つくって。ちゃんと、服を着てね」
「わかった」
大根だとか、キャベツだとか、食材も入っていたり生理用品まで入っているから、やっぱり私が外に行くことが少ないのはあの人の所為かもしれない。
適当に炒め物とおひたし、お吸い物と冷凍してあったご飯を温めなおして出した。私は食べずに、あの人が食べるのを見るだけ。家の中でごろごろしているのだから、お腹のすいたときに食べるのが最近の習慣になっていて、まずあの人がここにくるなんてわからなかったから、二時間ほど前に食べてしまった。ちゃんと、炊いたご飯を。
「食べないの?」
「うん。さっき食べちゃったから。あなたがくるなんて思わなかったから」
「そっか。連絡しようにもとれないだろ」
「必要、ないよ」
だって私は、ここにいればいいんだろうしここにいるしかないんだから。他にいくところなんて、全然ないんだから。
雨がいつのまにか引いていてヒグラシの鳴き声と雷のぐずり具合がよく聞こえた。不思議なほど、不釣合いに思えるその二つの音はきれいに交じり合って心に染み渡った。
「ヒグラシ、鳴いてるんだね」「ここは田舎だからね」「自然が多いんだよ。長野でもよく鳴いていた」
そうしてあの人は、何度か避暑で訪れた長野のことをぽつりぽつりと語りだした。緑が多くて森林浴にはうってつけ、だとか空気が綺麗でずっと深呼吸してた、とかそんな他愛のない話を、懐かしそうに愛おしそうに、する。合間合間で、たまにごろごろという雷が邪魔をしていたけれど。
食器を片付けると、あの人は私を腕に抱き寄せる。ぎゅう、と音がでてしまいそうなほど、私も抱きしめる。ふと、優雅に鳴き続けるヒグラシはあの人でそれをやめさせたくてたまにごねる雷は私かと思うと、どうしても涙が止まらなくなった。
「なぜ、泣くの?」
苦しくて、苦しくて。でもきっと抱きしめられていることだけが原因じゃないのは、わかっている。苦しくて、苦しくて。私はわけがわからないまま、あの人の腕の中で泣きじゃくっていた。たちのわるい、雷みたいにただ、ただ、感情にまかせて。
「じゃあ、またくるね」
あの人は泣いている私を慰めるように抱いて、静かにキスをした後にまたきちんとスーツを着こなした。そうして玄関に立って、裸のままの私に優雅に微笑む。
「いつでも、私はここにいるから」
「うん。きっとすぐくるから。ちゃんと、着てね」
「あなたがそういうなら、着るよ」
「名前を呼んでって、いってるだろう。じゃあね」
バタン、と防音用なのかずいぶん重いドアが閉まる。
私はきっとまた、これからも服は着ないし、買い物にもほとんどでかけないし、あの人のことを名前で呼ぶことはないだろうし、優雅に昼過ぎから鳴く、ヒグラシだけの声には耳をすますことはできないだろう。そう思うと、やっぱり苦しくて、私は裸のままで泣いた。
END
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女の子のヒモってどんなんだろうって思って書いてみました。
たぶん切ないだろうなーというか
これってヒモなのかな?拉致監禁か?←
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