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Love Ring 3
タクにばれたらしい。「らしい」というのはそれを直接、彼と話していないから。
ことの発端は、同じクラスのヒロという男の子からはじまった。どうやら、藤本さんとホテルから出てくるところを見られた。それがヒトミに流れて―ヒロとヒトミは付き合ってる―ヒトミが私に尋ねようとあたふたしていると運悪くそこにタクがやってきて、ヒロとタクは親友だから、当然話が流れた。それをヒトミから聞いたのは昨日。そしてタクからメールが来たのはさっき。
「あのさ、マキ、浮気してない?」
いつもはうざったいほど絵文字をつけてくるくせに、わざとらしく記号だけにしてくる。そういうところが気に食わない。いや、そういうところも。そしてはっとする。
あたしって、どうしてタクと付き合ってたんだろう。そういう疑問。今更、こんなにもはっきりと自分でもびっくりするぐらい気持ちが離れてるのに、それなのに付き合っている意味ってあるのだろうか。
返信をせず、私は藤本さんを思った。彼を思うと、何もかもがどうでもよくなる。確かに浮気とか、不倫とか、道徳に反する―っていうのか―ことしてるのかもしれない。だけど、そんなことどうでもいいぐらいに、藤本さんが好きなんだ。
右手の指輪は、蛍光灯をあびてキラキラと安っぽく光ってる。本当は高いのに、藤本さんは選び方も上手いんだ。もうすぐ春休みで、そうしたら藤本さん一家と一緒に旅行に行く予定になってる。それが楽しみ。どんなかかわりでも、中々会えない分、顔が見れるのはうれしい。それに春休みになったら絶対に三回はセックスしてやる。
私がそんな疚しい野望を抱いているのを悟っているのか、タクからまたメールがきた。
「返信がないってことは図星なの」
もはや断定の域にまでのめりこんでしまっている彼を、引っ張り上げるのは無理だろう。
『明日、学校終わったら話さない?』
そう送るとすぐに返信がきた。
「俺の家でいい?」
『いいよ』
本当にうんざりしながら、携帯を閉じた。そうして、絶対にばれないはずの場所までやってきてたヒロをのろった。
「最低だよ、マキ」
男が「最低」という言葉を使うのは、ほとほと似合わないと冷静に思う。思いながらタクのお母さんが淹れてくれた紅茶をすすった。ちょっと砂利みたいな味がする。少し、渋いのだ。
結局、学校帰りに引っ張られながらタクの家に行き、問い詰められるままに答えた。藤本さんとはもう一年以上の付き合いで、もちろん体の関係も。
「浮気じゃなくて、不倫かよ」
「どっちも変わらないと思うけど」
「そういう問題じゃねえよ」
「うん」
私はもう、完璧に氷だった。しんと冷えた氷。タクが不機嫌に眉を寄せても、少し泣きそうな顔をしても、何にも興味ない。昨日、気に食わないと思った時点から、いやもしかしたら藤本さんからであったあの日から、タクに対する愛情みたいなもの、なくなっていたのかもしれない。
いや、愛情なんて呼ぶにはまだ早い、不器用で生暖かい若さゆえの感情みたいなものすら。
ヒトミが言っていた。相手が好きじゃないのに、それを言わないで付き合うのは生殺しなのだと。あの子は、もう私と藤本さんの関係に気付いていたのだろうか。友達ってわからない。
とりあえず、男が「最低」っていうのは似合わないってことに付け加えて、私ってその「最低」って言葉がぴったりたってしみじみ思う。コレで終わったと思った。タクから言葉が出るのを待つ。
「別れてよ」
出た。最低な私は、心の中でガッツポーズをした。
「で、やり直そう」
ずっこける。
「何言ってるの?」
「だから、そんなオヤジと別れて、俺とやり直そう」
「ごめん、意味わかんないんだけど。私がこんなこと言える立場じゃないけど、私とタクが別れた方がいいでしょ?私、二十歳も年上の、私たちの父さんと同い年の人と、浮気してたんだよ?」
「なんで?」
「いやでしょ?もう、私みたいなのと付き合うの」
「でも、俺マキ好きだよ?」
「でも、私はタクから気持ちが離れてる」
「じゃ、戻して」
「だから、私は藤本さんが好きなの」
「別れてっていってるだろ、そいつと」
本当にわかってないのか、こいつ。ああ、本当に、私はなんでこんなヤツと付き合ってるんだ。
「とりあえず帰るから、ちゃんと考えて。私はどんなに悪者になってもかまわないから、ヒロとかに相談して」
まだわかってないタクをおいて、私はその場を離れた。
帰りの電車の中で、藤本さんにワン切りをした。
藤本さんから電話がかかってきたのは、午前一時。電話を通して聞く彼の声は、なによりも甘い。
「起きてた?遅くなっちゃってごめんな」
起きてたけど、声を聞いたら安心して眠くなったと言ったら、彼はかすかに笑った。
「電話、どうしたの?何かあった?」
「彼氏にバレたの、藤本さんのこと」
え、と短く言ったけど、彼は少し笑っているみたいだった。
「で、どうしたの、マキは」
「どうもしないよ。ちゃんと全部話したもん。そうしたらなんて言ったと思う?」
「何て?」
そうして私は散々、タクの意味不明な様子を語った。藤本さんはたまにケタケタと笑い声をあげて、楽しんでいるみたいだった。
「それで、マキどうするの?」
「さあ、わからない。でもあのままじゃ別れないねあいつ」
「それなら、俺たちが別れたことにしたらいいんじゃない?」
「いやだ!」
思わず叫んでた自分に、驚いた。きっと藤本さんもびっくりしてる。そのとき、不意に受話器の向こうで女の人の小さな声が聞こえた。そして藤本さんが「おやすみ」と答えた。きっと手で覆っているに違いないけれど、もれてきこえてくる声。奥さんだってわかってる。綺麗で、優しくて、素敵な。
ああ。
私は。
わかってたはずなのに。これは、ハマっちゃいけない恋愛だって。なのに。人間はいつも禁断の果実をかじりたくなってしまうんだ。
「ごめんなさい、私―」
「いや、俺も軽率なこと言って悪かったよ」
「ううん、私が悪いです。わかってる、大丈夫。大丈夫。でも、別れたことにしちゃったら、もう元に戻れない気がしたの」
「ああ、悪かったよ、マキ」
困らせたくなんかないのに。悔しくて、涙がこぼれそうになるのを必死になってこらえた。
「それにしても」
藤本さんの声はますます甘く、仕切りなおすように私の耳もとで響く。
「タクくんは、相当マキのことが好きなんだね」
他人事じゃないけどね、と藤本さんは苦笑いをしているようだった。これって生殺しっていうのかと尋ねると、まさか、と言ってやっぱり笑った。
「藤本さん、今どこにいるの?」
「家の外だよ。ほら、うちは高台にあるだろう。星が綺麗に見えるんだ」
「そっか。星なんて真剣に見たことないなあ」
「じゃ、今度、綺麗に見えるところまでドライブしようか」
「ぜひ、お願いします」
「ああ」
なんとなく、言葉をこぼすように話ながら、私は窓を開けた。やっぱり星は見えない。
「それまでに」
「ん?」
「ドライブ行くまでに、タクと決着つけなきゃ」
「ねえ、マキ」
藤本さんの声が、耳元で。彼がすぐそばにいるみたいに聞こえる。
「俺がついてる。大丈夫」
「うん」
「マキ」
「何?」
「愛してる」
ぼろぼろと涙がこぼれるのを悟られないように、簡単に答えて電話を切った。私はその一言であと百年は生きられる。
最低な女は最低らしく、最低な道を歩んでいってやろう。
to be continued
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