この小説には以下の表現が含まれています ・性的描写 ・同性愛 大丈夫な方はお読みください。 大丈夫だから読みます       

 




きれいなままでのセックスは



アパートの回りにあるのは田んぼとビニールハウスと少しの住宅。それぞれの間を縫うようにアスファルトが走っている。近くにある線路を電車が走る度に、部屋が微妙に揺れる。それが例えばセックスのときの律動みたいで、俺は少し勃起した。
窓をあけておくと、温かい風が入ってきた。気持ちよくて、しばらく窓際に座っているとベランダの下の道を、人が通る声がした。立ち上がるのが面倒で、這いながら柵から覗くと、学ランを着た男子学生二人と目があった。胸には綺麗な花をさしていて、手にはかばんと赤いリボンのついた黒い筒を持っている。じっと見つめてくる奴らは全く田舎くさくい。 丸坊主の二人は俺にそんなこと思われているともしらないで、照れ臭そうに会釈してきた。俺はするわけがないけど。
俺もあんなころ、あったんだろうか。ちょっと前のことみたいな気もするけど、思い出すのも億劫だ。

「中学の卒業式だったんだよ、今日は」
「ふうん」

後ろからの声には振り向かず、何かを話しながら遠ざかっていく学生の後ろ姿を眺めていた。
卒業式なんていう響きは懐かし過ぎて、なんだか気持ち悪い。しっくりこない感じだ。 卒業ってのは普段の生活から抜け出すことで、つまり俺にとっての卒業っていうのはイナとのセックスやこの部屋から出ていくことか。少しニュアンスが違うか。イナから卒業。俺はそんなにあいつに依存してるのか。

「卒業なんか一生こねえな。もしダイヤがイナから卒業するときはお前が死ぬ時だね」

口に出していたつもりはなかったが、俺はゆっくり振り向いた。ホヅミがにやりと笑った。彼はキッチンのシンクに持たれて、優雅にコーヒーを飲んでいる。この部屋にコーヒーがあったこと自体知らなかった。

「卒業式なら、お前は出席しなくていいのかよ」
「あんなつまんねえもん出てられるか。風邪だよ風邪」

じゃあここにも来るな、と言うと、ホヅミは何も言わずにカップを持ったまま歩いて、リビングのベッドに座った。俺もベランダから動いて彼の隣に座った。固いスプリングが軋むたび、イナとのセックスを思い出す。昨日は昼からずっとやってた。あいつは俺の中につっこんだまま何度かうたた寝してたが。それでもやろうと思えるから、いろんな意味であいつはすごいと思う。

「お前、学校ん中じゃ噂になってるよ」

ホヅミが俺の顎を掴んだので、反射的に目をつぶった。伸びた爪先が軽く食い込む。そのままキスをして、少し舌が絡んだ。上手くも下手でもない。普通のキスだ。コーヒーとタバコの混ざった匂いがする。最高に臭いし、まずい。ふとイナとのキスは、キスっていうより接吻だ、なんて考えた。タバコは吸うけど、まずいと思ったことは一度もない。
やっぱり俺はイナのことが大好きで、卒業なんてことはまずないだろう、とも考えた。

「噂って何」

ホヅミはするりと手を服の中に滑りこませてくる。何人もの女を手玉にとってきたという鮮やかな手順。長い指は器用に体を撫で回す。乳首とか本当は弱いけど、俺は気を張り詰めた。ここでよがって見せるのは癪だ。

「俺って保健のせんせーだから他の先生より気軽に皆話してくれるわけ。噂話とか、中学生の話って根拠がなくておもしろい」
「だから、どんな」

今度もするりとシャツを脱がされた。三月に入ってからイナが買ってきたうすピンク色のTシャツ。胸のところに黒の英字が並んでいたけれど、無学に等しい俺にはてんでわからないが。上半身裸になったまま人形のようにころんとベッドに横たわったが、なぜかホヅミはこない。しばらく見つめていたものの、彼はその気はうせたようでそれなのに俺の体をじっと見つめている。 視線に気づくと、持っていたTシャツを俺に投げてきた。

「しないの、セックス」
「いや、お前さ、体きれいなんだ」
「ホヅミ、俺は女じゃないからそんなこと言われても嬉しくない」
「お前、イナのことどこまで知ってんだ?」

Tシャツを着ながらぼんやりと、先々月の夜に見たあいつの財布に入った歯を思い出した。
気持ち悪い、ぬらぬらとした血。
あれの行方はどうなったのか知らないし、まず財布をアレ以来みていない。 そのことを聞いてみようか迷ったが、質問で返した。

「ホヅミは、イナのこと、どこまで知ってんだよ」
「…本名はイナユウセイ。伊、那、雄、生」

彼はベッドの上にその指を走らせた。カードの裏に書いてあった字と重なる。うん、と頷くとホヅミはため息をついた。

「あいつ、十代の終わりごろに俺のバイトしてたバーにきて、そんでダチになったけど。なんていうのかな、いつも血のにおいがしてたっていうか、こう、血気盛んっていうのか…ちょっとちげえな」
「別に、イナの印象を聞いてなんかねえよ」
「でもわかんだろ?とか、自分の彼女を普通に他のヤツに抱かせたりもしてたな。金もらって」

イナがやりそうなことだ。あの瞳の奥には、得体の知れないものが潜んでいる、そんな感じはいつもしている。

「俺も一回、あいつの女を抱いたことあるけど」
「抱いたのか」
「抱いたよ。色々あったから」

ホヅミは何かを思い出してながら、目をほそめてタバコを吸いはじめた。こいつの好きなところは、イナみたいにベッドの上に灰をこぼさないところだ。灰皿にはいれずにコップにいれるけど。

「そんときの、女の体が半端ないぐらいやばかった。まじで。タバコの痕とかなんか切り傷みたいなのとか。聞いたら、全部イナにやられたって言うから。あいつ、絶対そうなんだ。付き合うと、体に何かとそういう傷跡みたいなのをつけて喜んでるっていうか… ドSな分、ドMなやつを見つけるのがうまいのかもしれないけど。そんで、ぱったり付き合わなくなる」

最後の言葉がよくわからなくて、ホヅミを見た。

「あ、なんていうんかな。こう、別れるんだよ彼女たちと。だけど、それ以来彼女たちのことを知ってるやつらがいないっていうか。消息不明みたいな。ま、あいつらの連れなんてロクなのがいないから、もとから行方不明みたいなもんだったしさ」

そのとき、ホヅミの携帯がガラステーブルの上で震えた。サブディスプレイには「学校」と出ている。仮病がばれたんじゃないのか、と言うと、そんなわけないと鼻で笑った。
彼が俺たち用じゃなくて、学校用の声に変えて電話に出るのと同時にイナが帰ってきた。もうそんな時間かと思い、すっかり冷えた風が入ってくる窓を閉めた。今日の夕陽はなぜだか黄色い。 ホヅミは話しながらタバコをもみ消し、なぜかイナとハイタッチをして部屋を出て行った。
いつもどおり、ゆがんだように笑ったイナは迷わず俺を押し倒した。

「ホヅミと何はなしてた」
「イナの話」
「俺?何を」
「イナがドSだって話。付き合ってた彼女にタバコで根性焼き」
「あれはちげえよ。焼けってうるさかったんだ」
「嘘だ」
「じゃあなんで俺はお前には、そういうことしないと思う」
「ドMすぎるから」

彼は珍しく、乾いた笑い声を出した。夕陽はおちて、次第に部屋が暗くなってきた。空気も冷える。

「愛してるからだよ」

耳元で言われて、俺はもう完全に勃起する。イナのもあたる。俺たちは結局バカだ。




二回して、なんか腹が減ったとイナは立ち上がり、目玉焼きを焼き始めた。俺は部屋に暖房を入れ、テレビをつける。どうでもいいニュースばっかりやっていてむかむかする。ホヅミは結局、仮病がバレたのかわからなかったし、それがわかってもどうしようもないが。俺の噂っていうのも気にならないでもないが、それがわかったところで、やはりどうしようもない。
イナの、スタイルだけはいい後ろ姿に、なんとなく

「伊那雄生」

と声をかけると

大谷千尋(おおたにちひろ)

と返ってきた。
びくりとしてまじまじと見つめると、彼は顔を歪めてこちらを見た。どうしようもなく鳥肌がたったので、どうして教えてもない俺の名前を知っているのか聞けなかった。


to be continued

 

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