この小説には以下の表現が含まれています ・性的描写 ・同性愛 大丈夫な方はお読みください。 大丈夫だから読みます
ずっと凍る、とき時間
重たい沈黙はこの部屋には心底似合わない。くそだ。死ねばいい。この部屋にはくそみたいな会話、ばかみたいなセックス、気だるい感じ。それがあれば成り立つのに。
マツイは中に入ったものの相変わらず俺を見つめて固まってる。俺は色々問いただすのも億劫で、石像になってる松居を放ってベッドに一人腰掛けた。ココチヨイ、なんて陳腐な表現がぴったりの風が開けっ放しの窓からはいってくる。たまに、イナが零す灰が舞うのかさらさらとした音がかすかにした。タバコの匂いも、たまにする。
「………ダイヤがここにいるとは」
「俺だって聞きたいことは山ほどあるけどな」
「何やってんだおまえら」
イナの開けたドアは、マツイの背中に直撃した。鈍い音がする。最悪なのか最高なのか、とにかくタイミングがあいすぎだ。ますます億劫になる。
「ぼっちゃん」
「親父の差し金か。俺は継がないって言ったよな。いつからここを知ってる」
「…ぼっちゃんが暮らし始めて半年ほど経ったころです」
話にまったくついてゆかれず、二人の関係もよくわからない。意味がわからない。イナはマツイを一発はたくと、気にすることなく部屋に入り、俺のところまでずかずかとやってきた。
顎をぐいと持ち上げられ、そのままキスをする。舌がぐねぐねと動き、口がまるでケツの穴みたいに犯されてる気分だ。息が思うようにできずにもがくと、しばらくしてから解放された。目が合う。イナの目はいつものはしばみ色が消えて、一瞬赤く燃えたように見えた。
欲情してる。イナは、俺に。そう思うと、ちんこが自然に勃起した。
不思議と焦点の合わない目で、イナを見る。いつもどおりの、あのゆがんだ笑いで俺を見てた。
「ダイヤ、ここにいろよ」
「命令すんなうぜえ」
「言ってろ」
マツイはやっと動けるようになったのか、ただ頭が重かったのか、下を向いてため息をついている。イナは彼の方に行き、俺には聞かれないように何かを言い、二人は部屋の外にでていった。
「何の話?」
部屋に戻ると、ダイヤは上目遣いにそう尋ねてきた。歳相応に見える彼を見たとき、ぐっと罪悪感がのどの奥からせりあがってくるが、それを押し殺すだけの技術とポーカーフェイスを、自分は嫌というほど身に着けている。
「仕事のことだよ」
「へえ」
夕陽で赤く染まる、マンションの最上階がダイヤに似合うと思ってフロアまるごと買い取った。その赤い部屋で彼とこうして寝るのももう、半年をすぎている。この歳になって、男しかも自分の息子とあまり変わらない年齢の少年を抱くことになるとは思ってもみなかったが、たった半年でこのはまり具合とは、自分でも笑えるものだ。
「大渕さん、バツイチでしょ」
「ダイヤは勘がいいね」
「こんなにここに通いつめてるんだ、サルでもわかる」
ふっと、瞳の色が消えて彼はまるで死んだような目になる。そこが彼の魅力だ。彼の、今、生きている感覚はきっと性感だけだ。なめらかな陶器のような肌は冷たいが、局部の一つ一つは、熱い。
「ふ…今日は、嫌なことでもあったの?」
挿入するに至って、ダイヤは息を切らしながらそうたずねてきた。
「さあ、いつも嫌なことだらけでね、わからない」
にやり、と笑ったのがはやかったか、あえぎ始めたのがはやかったか。ダイヤは自分から腰をふりながら、白濁した熱と性欲を、何度も勢いよく吐き出した。
「なんで、離婚したの」
部屋は暗くなり、スタンドライトだけが淡い光を提供している。彼はベッドの上で起き上がり、私を見つめている。やはり、生気のないその瞳。
「さあ、なんで?」
「結婚するって、意味がよくわからないから」
「ダイヤだって、君の父さんと母さんが結婚したから生まれたんだろう」
「そういうのを、固定観念っていうんじゃないの」
淡い光に照るその顔は、この世に存在するべきではないような、そういうはかなさを持っている。歳相応に見えた顔も、今はどこにもない。
「結婚って、幸せだった?」
「じゃあそれも固定観念だろうね」
「ふうん」
「殺したからね、私は」
ぽろりとこぼれたその言葉は、彼を凍らせるのには十分だったのかもしれない。まるで、言葉がふわふわ宙を舞っているように見える。すぐに頬を緩めた。
「なんて。自分を殺してたっていうことだよ。結婚は束縛の最上級だな」
「男を抱くなんて、できないだろ。結婚してたら」
「そうだね」ダイヤはすりよってきて、私の胸に頭をゆだねるとそのまま瞳を閉じた。寝顔は、歳相応。
「社長、ぼっちゃんの居所がわかりました」
「そうか」
「こちらです」
会社に出勤すると、秘書である飯岡が一枚の粗末な紙切れを渡してきた。もう何年も顔を見ていないわが子の住む住所が、細かな字で書かれている。
「どう、しますか」
「はは、どうもなにも。金は振り込んでやれ」
「奥様のことは」
「男同士、秘密を持っていたほうが仲は深まるものだろう?」
「しかしもしぼっちゃんが―」
「あれはきっと言わない。そういう目をしていた。私と、同じ目だ」
赤くなった部屋で、私たちがしたことを思いだすと少なからず興奮する。ふと、おそらく冷たくなった彼女の目とダイヤの瞳は同じだからこそこんなにもハマっているのかもしれない、と思う。
「では、連絡はとらないでよろしいのですね」
「ああ、そうだな。とりあえずこれだけはもらっておこうか」
粗雑な紙を、内ポケットにしまった。
「結婚って」その夜、マンションでダイヤを抱いた後に彼はまたその言葉を口にした。
「いやに結婚にこだわるね」
「まあね。結婚って束縛だって言っただろ、大渕さんは」
「言ったね」
「つまりさ、頼られたり頼ったり、崩れるときって一緒なわけだろ」
「極論だね」
不意に思い出す、彼女のこと。いつもいつもヒステリックに叫んでいて、いつもいつも泣いては不満ばかりこぼす私の妻だった女。あれは私に頼りたかったのか、頼られたかったのか。今になってはわからないが、少なくとも一緒に崩れることなどごめんだった。
「なぜ、離婚したの」
「聞きたいのかい」
「少し」
彼の目は、私が殺した彼女と同じ。
「なんでいつもいつもあなたは、私や雄生を放っておくの」
「仕様がないだろう。それにもう離婚したんだ関係ない」
「関係ないですって?私には関係なくても、あなたは雄生の父親なのよ?」
「金は払ってるだろう」
「そういう問題じゃないわ」
「じゃあ何が問題なんだ」
「なぜそんな目で私を見るの!いつもいつも!」
「叫ぶようなことじゃないだろう」
「またそんな目で…!」
「大渕さん?目が、イってた」
「思い出してたんだ、色々と」
生暖かい血を、私は全身に浴びた。それなのに彼女の目も肌も冷たかった。あのとき感じたのは、罪悪感でも嫌悪感でも不快感でもなかった。ただ。性欲。それ以外もそれ以上も、何もなかった。ただ、私の性器はその冷たさに勃起した。
「言いたくないなら、それでいいんだ」
「かまわないけど、ね」
ダイヤの目も、冷たい。性欲だけが、そこにある、その目は。おそらく頼ったりも、頼られたりも、崩れたりもしないのだろう。人間とは不思議なもので、どうにかしてそうさせたいものだ
その目を、崩してみたい。彼女の感情に揺らぐ瞳が嫌いで、冷たい目を見たときにあんなに欲情したのに。今はあの、感情に揺らぐ瞳に、こんなにも欲情している。まるでそれからはスローモーションのように、時が流れた。
気づけば、夕陽はもう沈んだはずなのに真っ赤に染まる部屋。自分の腹に鈍痛を感じ、その血の所為で部屋が赤くなっているのだと、いやに冷静に判断した。私に馬乗りになって、泣きながら笑いながら、ダイヤは刃物をもって震えていた。自然と目から涙があふれて止まらない。かろうじてかすれた声を出すと、外にいた飯岡と松居が走りこんできて彼を抑えた。
そして、一気に暗転。
「もう蝉が鳴き始めてる。うぜえな、まじで」
聞きなれた、面倒くさそうな声で目が覚めた。いつのまにかうたた寝をしていたらしく、ベッドに転がっていた。イナが上に覆いかぶさってくる。話が終わったのか、マツイの姿は見えなかった。
「聞きたいこと、たくさんあんじゃねえの」
「…別に」
「目が死んでんだよ、お前さあ」
そういいながら首を吸い、舐め、しだいに下がってくるイナの舌。ぞわぞわと鳥肌が立つが気持ちイイからか、気持ち悪いからか、自分でもよく判断がつかない。考えるのは、億劫だ。それなのに。イナの目は、俺を殺そうと刃物を振りかざしたオオブチさんの目を同じ、色をしている。
「イナ」
「なんだ」
「お前は―」
唐突にちんこを掴まれた。ぐっと力が入って、声にならない声が漏れる。痛い。気持ち良い。ココチヨイ。
ぐるぐるの、ループ。時間が凍りそうなほどの、鳥肌。
「殺してやろうか」
イナは耳元でそう、つぶやいて、俺は、イった。
to be continued