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LoverS AgaiN
「寒い」
特に感じるわけもないのに、僕の口からはそんな言葉が漏れるようにできている。というよりも、この電子脳につんである何十万ものサンプルを集計して、こんな景色やこんな外気のときにはこうこう、あれこれの反応をするように僕はインプットされている。シェルターの扉の前に立ち、僕は荒野を見渡した。
季節を忘れたはずの地球は冷え込むようになって、ガスの臭いも強くなってきているから、できるだけカオルを外には出さないようにしている。今朝も、関節が痛むと嘆いていた彼。最近は調子が悪いとぼやいて、昼頃までふて寝をしていることが多い―といったって空は曇りいつも薄暗いから、いつが昼なんてわからないが。少し前までは日が上れば朝だったし、沈めば夜だったが今ではそれさえもわからない始末だ。
圧縮器用に毎日土を掘り返すが、もうほとんど柔らかは出てこない。少し遠出をしなければ、もうこのあたりにはないだろう。さっき掘り返した場所からむきでた白い骨が、温かみのない風に吹かれてカタカタと鳴っている。寒いからでは、ない。だって君は骨だもの。
怒っているのかい、シンシア。僕がなんども、君の眠りの邪魔をするから。ああ、シンシア。僕らが眠っている間にテラがなくなってしまえばいいのに。中途半端が好きなんだな、人間も、テラも、君も。
「カオル、僕は少し遠くまで行ってくるから―」
シェルターに入り、彼が寝ているはずのベッドに近寄るが、彼の姿がない。
「カオル!」
車椅子はあるから、きっとシェルター内にはいるのだろう。ベッドの上には大量の血、床にも血の痕があった。触れてみると、どろりとしたその感触がする。乾いていないところをみると、まだ時間は経っていないようだ。
辿っていくと、僕やカオルが使うことのない部屋にたどり着いた。正確には、シンシアがテラに帰るまでひっそりと眠っていた部屋。ドアは開いている。ここはもう使わないとカオルが言ったのか、僕の脳が判断したのか。完全自動管理から外してあるから全て手動になっている。
「マスター?」
薄暗い室内にむかって話し掛けた。
「…ピュールか」
「僕以外に誰がいるっていうんだい?それよりも、血」
「いや、大丈夫だ」
暗闇から返ってくる彼の声は、この世のものとは思えないほど心細い。少しせきごみ、液体が床にぶつかる音がした。かなりの量を、吐いている。生まれつき病弱なカオルには、きっとこのテラの環境はあまりにもひどいだろう。
「車椅子に乗らないと」
「担いでくれるか」
「はい、マスター」
ライトのスイッチを押す。カオルは、殺風景な部屋の中央におかれたベッドにもたれ、口から血を流しながら不適に笑った。
「なんで血なんか吐いたんだい」
「シェルターといったって全てを完全に遮断できるわけじゃないだろう。外界の空気は長い時間をかけて蝕むのさ。時間の、問題かな」
カオルを背負った。まさかこんなに軽くなっているとは思いもしなかった。耳元で彼の呼吸を感じる。少し、血生臭い気がした。
「死ぬと思ったんだ。血を吐いた瞬間に。そうしたらどうしてもあの部屋に行きたくなった」
こんな時でも愛しそうに話すカオル。アンドロイドの僕にはわからないと言ってしまえば楽だろうか。黙っていると、カオルがぽつりといった。
「ピュール、テラの土は、シンシアの寝床は、温かいだろうか」
「シンシアに聞いてみるといいさ」
笑うつもりが、うまく頬が動かなかった。まさかこんなときに機械油切れなんて言わないでくれよ。機械油なんて、ないんだからさ。
「知ってるさ。シンシアはもう生きちゃいない」
何も言えない。いや正確には、こんな場合になんと言っていいのか対処法が思い付かない―いや、メモリーもサンプルもないのだ。今、僕に背負われているカオルがどんな顔をしているのか、どんなカオルのメモリーとも重ね合わせることはできない。床の、カオルが吐いた湿った血に隠れている、乾いた昔の血の痕を見つめた。
それからは話さず、カオルの部屋に戻り僕はベッドに彼をねかせた。僕は思い出したように口を開く。
「カオル、少し帰りが遅くなるかもしれない。柔らかい土が、この辺りにはもうないんだ」
「もう、いいさ」
いつのまにか、あのガラス細工は枕もとに控えめに、でもはっきりとした存在感を示していた。彼はそれを手にとり、頭上にかざしながら見つめている。もう、太陽など出てもいないのに、それはキラキラと輝いていた。
「もう、いいんだ。ピュール。君は、アンドロイドなんかじゃない。もう、人間だ」
「マスター?」
「あの日、僕の足が使い物にならなくなったあの日、君は僕とシンシアを担いでここにやってきた。酸性雨がひどくて、君は体から煙をあげていたね。僕の足の血にも濡れていた。今以上に」
五年前だ。
あのとき生き残っていたのはきっと僕とカオルとシンシアだけだった。ほとんどの人が酸性雨でとかされていたし、連続しておきた地震と、吹雪の所為で行方不明だった。カオルの足は、地震のために倒れてきた瓦礫に押しつぶされ、シンシアは酸性雨の中、必死にカオルに覆いかぶさって全身にひどい火傷を負っていた。
僕はそんな二人をかつぎ、超繊維でできた布をかぶり、このシェルターへやってきた。元は地下にあったらしいシェルターだったが、地殻変動の所為で地上に扉が飛び出していたんだ。持ち主は、知らない。扉の前で熔解した肉の塊が、それの持ち主だと、カオルとシンシアは知らないだろう。
「もう、無、理だわ」
シンシアは火傷の痛みと熱にうなされながら、うめく。僕はカオルの足を止血しながら、傍らに横たわるシンシアの声に耳を傾けた。
「こ・な、火傷負っ・私は生、きていけな・」
「何を」
「あ・た、アンド、ロイドでしょう。ピュ、ー、私、殺、・て」
「できません。私はマスターの言うことしか、聞けないのです」
シンシアは皮膚がとけて引きつり、指がうまく動かないのだろう、ぎこちない動きでおかしな形のガラスを差し出した。ガラスの液体が溶け出して、地面にたたきつけたようなそれは、おかしなほど輝いている。
「これ、は、ねカオ、ルがく・た、ネック・レ、」
いつか、シンシアの首に輝いていたそれは、原型をとどめていない。チェーンのところまでガラスでできた、繊細な細工は、もう、ただの不気味な塊でしかなかった。シンシアは話すことをやめ―というか話せなくなった―ひゅうひゅうと、息だけをしている。僕がガラス細工をうけとると、彼女は満足したのか腕をひっこめようとする。しかしもう、腕が下がらない。その動作はアンドロイドの、機械であるはずの僕よりも、無様でぎこちなかった。
これは?目の前にいるこれは?
僕の後ろでは、カオルが寝息をたてている。あの足の出血では危ないと思っていたが、人間の生への執着は侮れない。
「こ、ろ・て、」
「シンシア」
「こ、ろ・て、」
路がショートしそうになる。目の前にいる物体は、マスターの愛しい人なのか、僕よりぎこちない動きをする物体は、肉の塊なのか。
「こ・ろ、て、」
躊躇する僕に、目の前のそれは目を見開いた。
「マスターのこと、好きなんでしょう?私が邪魔でしょう?」
カオルは、寝息をたてている。
「ピュール」
71時間26分後、カオルは目を覚ました。そのころにはテラは落ち着きをとりもどし、このシェルターもつぶれずに済んだ。
「おはようマスター」
「長いこと、眠っていたね」
「そうだね」
「・・・シンシアは?」
僕はガラス細工を渡した。カオルは頭上にかざしている。
「これ、は?」
「シンシアが残していったんだ。彼女、君が眠っている間にこんなものを見つけて、また探しに行くといって、帰ってこなかった。それで、僕が探しに行ったんだけど」
「彼女はひどい怪我をしているはずなのに、ああ、シンシア。どうか生きていて」
奥の部屋に、首と胴体の離れて冷たくなった彼女が寝ているなどと、いえるはずがない。それからカオルは何日も泣き続けていた。
そして、一週間ほどたったころ、ふと言ったのだ。
「ピュール、君、話し方変わったかい?何か、こう、なんていうのかな」
「そうかな?」
「ああ、前はもっと、機械らしかった。でも、今は」
カオルは瞳にたまった涙を拭き、ふ、と笑った。
「人間みたいだ」
「わかってる。いや、違うな。わかっていた気がする。君がシンシアを殺したっていうこと。きっと僕を思ってのことだったんだろう。君は、主人のためになることしかしないから」
突然、カオルはガラス細工をぐしゃりと握りつぶした。細い腕にどこにそんな力があったのか、手のひらは血まみれだ。それでも彼は平然と話す。
「人間は、人を思い、勝手な判断で善悪を決める。でもそれが災いを引き起こすなどと、思いもしない。無知だから。それが愛しいから」
「マスター」
「人間は、いつか寿命がくる。僕はもうすぐ。君はまだ。だけど、じき止まる。君は人間だから。僕を思い、勝手な判断でシンシアを殺し、自分が生きているという罪を犯している。それでも、君は愛しい人間だ。それは紛うことない事実だよ」
彼は静かに目を閉じた。少し咳き込み、口の端から血の泡があふれてくる。
「僕も人間さ。シンシアを思い、勝手な判断で君を酷使し、骨のありかを見て見ぬふりをするという罪を犯している。それでも、君は、僕を愛しい人間だと思ってくれるかい」
「はい、マスター」
僕のマスターは、穏やかに微笑んだ。そしてガラス細工をこちらに差し伸べてくる。
「君に、あげる」
「光栄です、マスター」
僕は静かに、彼の額にキスをした。うっすら汗をかいているのにもかかわらず、彼の陶器みたいな額はひんやりと冷たかった。
シンシア。
ともに眠ろう。
三人、ともに、
テラにかえろう。
罪を、戻そう。
テラに、かえろう。
シンシア。
to be continued
***
08/3/16 加筆修正
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