丸屋―――2


普段、教室にほとんどいない丸屋のオレンジ頭を、夏休みになってから校舎で頻繁に見かけるようになった。というか、目にすぐに入るようになったとでも言うべきだろうか。彼は出席日数が足りないばかりに、ほとんど全ての補習授業をとらなければいけないようだった。強制的に最低三つを取らなければならない授業で、俺は古典と歴史と数学をとっていて、その三つともが丸屋と重なっていた。教室移動をすると、すぐに目に入るオレンジ頭。もしあの事故がなかったら、彼がいることを確認していただけのはずだったが、今の俺は違う。

「丸屋、おはよ」
「ああ」

丸屋は相変わらず長い前髪の少しのすきまから目を覗かせて、小さく頷いた。彼の足はいまだ包帯は巻かれているし、松葉杖も手放せない。俺はできるだけ彼のかばんを持つようにしているし、家まで送るようにもしている。とはいえ、いつもいつもあの田んぼのど真ん中で別れるのだけど。

「今日も、暑いな」
「足が腐る」
「冗談に聞こえないから、やめろって」

咽喉を詰まらせたみたいに、くっくっく、と丸屋は笑う。みんな腫れ物みたいに彼をあつかうが、実際はそんなこともないし、彼が秀才だといううわさは本当のようで、補習中にわからないことを聞くと、難なく答えてくれる。なぜ頭をそんな色に染めているのか、と聞いたところ、

「あんまり人と話すのがすきじゃないんだ。こんな頭してりゃ、誰もよってこねえと思ってさ。バカはバカで、たむろしてっけどな」

そう言って、めんどくせ、と丸屋は笑った。
校内にも「不良」と呼ばれる素行の悪い奴らはいたが、確かに彼はそういう奴らとも距離を置いているようにも見えるし、実際わからないものだと思う。ただ、べったりした関係よりも、そういうやつらのほうがさっぱりと好き勝手できるから、まだ付き合いはもてる、とも彼は言う。その話をヒロミにしてやると、

「オケ、いつのまに仲良くなっちゃってんの?」

と怪訝そうに眉間にしわを寄せた。

「うらやましいのか?」

と尋ねると

「違う。へんなことに巻き込まれないようにね、なんか怪しい」

と、高校生らしからぬ顔をしてみせた。頭をぽんぽんと叩いてやると、もう、とため息まじりに苦笑していた。



丸屋からの電話が入ったのは、前期の補習が終わった日の夕方だった。荒い息の向こうで、彼の苦しげな声が聞こえる。

「悪い、桶川、きてくれないか」
「え?どうした?気分悪いのか?」
「いや、いつもの田んぼでこけたんだ。ひざ打っちまって、立てない」

俺はまだ学校の教室にいて、残ってた数人で話をしている途中だったが―もちろんヒロミもいた―打ち切って校舎から出て、自転車に飛び乗った。七月も終わりに近づいている夕方だが、蝉は相変わらずせわしくないているし日中の熱を吸い込んだアルファルトはあつい。汗をかいている。生え際から、脇から、背中から、とにかく毛穴から。風は蒸してはいるが、やはりこれだけの勢いでうけると気持ちが良い。
すぐに背の高い建物は流れていき、最近見慣れた田んぼの道に出る。まっすぐ、まっすぐ、とにかくまっすぐだ。少しして、道にうずくまる影を見つけた。自転車を下りて、引きながら近づいていく。気配に気づいたのだろう。丸屋はゆっくりと顔をあげた。冷や汗か、暑さゆえの汗か、とにかくびっしょりと濡れた前髪からのぞく二つの目が俺をとらえている。妙にドキドキする。たぶん、彼の目には力があるはずだ。それはきっと、ヒロミやほかの女子が化粧をしてつける眼力じゃなく、彼そのものに備わっている、そういう強さみたいなものか。

「大丈夫か」

自転車のストッパーをたて、かけよる。彼が使っている肩掛けかばんは、少し遠くに転がっており中身が少し出ていた。松葉杖もそのまま放置されていて、そもそも丸屋はこけてから座るのが精一杯だったのだろう、足を投げ出して座っている。

「悪い、拾ってくれ。そんで肩かして」

言われたとおりにして、肩を貸す。足に力が入らないらしく、抱きかかえる格好になった。ゆっくりと気を使ったつもりだったがそれでも、丸屋は立ちあがるときに低くうめいた。

「後ろ乗れよ。家まで送るから、道教えろって」
「いい」
「よくない。起きれなかった奴がつべこべ言うな」

きっといつもならもっと反論したのだろうが、今日は足の痛みに負けたのだろう。丸屋はおとなしく自転車の後ろの荷台に腰かけ、松葉杖を持った。俺は彼のかばんを背負い―かごには俺の荷物が入っている―、ペダルを踏んだ。



本当にすぐ近くにあった丸屋の家は、自転車で五分もかからなかった。それでも男の二人乗りはけっこう辛い。汗をかなりかいた。後ろで道の指示を出していた丸屋は、俺とは正反対に涼しい顔をしている。痛みが引いたのだろう、ゆっくりと荷台からおりると松葉杖をついて家に向かう。

丸屋の家を見て、驚かなかったといえばうそになるが、それを口にするほど俺もバカではない。
トタンとでも言うのだろうか、よくわからない材質の壁と屋根の、小さな平屋。ねずみ色に少し青色を混ぜたようなくすんだ色をしていて、真夏だというのに見た目は妙に涼しい。周りにある家もほぼ同じ見た目で、そこだけがほかの町と切り離されたような集落に見える。植木鉢みたいなものにわけのわからない植物を植えている家もあるし、犬小屋がある家もあるが、ひっそりとしていて本当に人が住んでいるのかわからない。

キョロキョロと見回していたが、ふと視線を感じて丸屋のほうをみた。彼は俺を待っているのだろう。こっちを見ている。

「少し、あがってけば。見た目どおりきたねえけど」
「あ、悪い」

否定はできないな、と思う。まるで小さな子どもが工作でつくったみたいな家がいくつも、いくつも並んでいる。丸屋はそのうちの一つの前で待っている。俺は自転車を引いてゆっくりとそこに向かった。


to be continued 


 

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