母の日


足が、ガクガクと震えて前に進まない。
白い病棟の白い部屋の、白いネームプレートには、黒いはっきりとした字で、見慣れない名前が書いてある。普段、名前で呼ぶことなんかないから、理解できなくて、いやむしろそういう名前の、でも違う人が寝てるんじゃないかとか、所詮空想でしかないことを頭の中でぐるぐる考えている。

「入ろう」

後ろから父が背中を押してきた。いつも意地を張っていて頑固が代名詞の父が、顔面蒼白で。相変わらず足はガクガク震えている。

「母さんが待っているよ」

そうか。そうだ。ココには母さんがいる。寝ている。
認めざるを得ないのだ。立っていることも困難な足を無理に動かして一歩を踏み出した。

「母さん」

病室に入ると父はそういって、ベッドに横たわる母を見つめている。ベッドに寝ている、チューブだらけの人間は母ということを、考えたくなくても父が視界に入ることで、顕著になる。いつだか、へんなアニメで人間改造をしているシーンが浮かぶ。母さん、あれでしょ、改造してるんだよね。死ぬとかさ、そういうのじゃなくて。私たちを守るためにそういう、わけわかなんないことをさ―

「今夜が、山場です」

医師が無残にも言い渡す。

「今日は、母の日だっていうのになあ」

父は諦めたように言う。諦めないで、と軽々しく言える雰囲気も力もそこには存在しない。




それから二十分後に、チューブだらけの母は改造に失敗した。けれども日付は変わって月曜日になっていた。父が

「母の日に死ななくてよかったのかなあ」

と、相変わらず、蒼白のままそうつぶやいた。就職で家を出ていた兄も、姉も、やっぱり蒼白のまま頷くことも、首を振ることもしない。ただ、じいっと動き回る看護師の姿を見つめている。
でも、死んだものは仕様がない、と初めて病室に来た自分とは到底思えないような言葉が、次々と浮かんでは消えていく。
足の震えはもう止まった。私はネームプレートがそそくさと消されるのを見つめていた。ああ、母は、この世からいなくなったのか。


END

***

母の日に書いた、母が死ぬ話(マテ
死ぬことで母の大切さに気付くお話になるはずだったのに
得意のぐだぐだで終わりました。あひゃ。
 

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