「あ、め」

室内にいては気付かなかったが、雨が降っていたらしい。朝は晴れていたから傘など持ってきてない。コンビニを見える範囲で探したが、見当たらない。しばらく雨宿りをして止むのを待つか、このまま走って行くか。家もそんなに遠くはない。瀬田はじっと空模様を見つめて

「ね、君」

柔らかく肩に手をおかれ、振り返ると見知らぬ会社員が微笑んでいた。どこかで見たことがあるといえばあるが知り合いではないだろう。戸惑う瀬田に彼は話しかける。

「君、よくうちの会社来てるよね。仕事かい?」
「あ、はい…プログラム関係で…」

懐こく話す彼は、若いようだが笑うときにできるしわが年を感じさせる。彼もまた、雨が止むのを待つのだろうか。話し下手な瀬田だったが、彼と話しているのは苦痛ではなかった。

「雨、中々止まないね」

溜息まじりに遠くを見ていた彼だったが、不意に止まったように見えた。瀬田が不思議に思い見つめていると、彼は手際よく鞄から折り畳みの傘を取り出した。そしてそれを差し出す。
 

「はい、使って」
「え?」
「使ってくれて構わないよ」
「いやでも、そんな、困ります。使ってください」
「大丈夫」
「でも、返すのに―」

彼は走り出しながら、振り向きざまに笑顔で言った。

「営業一課、藤本悟だよ」
「あ、瀬田です、瀬田浩二」
「瀬田くんね。待ってるよ」

瀬田は、彼の後姿を目で追う。

と、薄ピンク色の傘をさす人物の後ろでたちどまり、何か声をかけると傘をさしていた女性は振り向いてにこりと笑った。セーラー服にカーディガンを着ている。近くの高校の生徒だろうことは瀬田にもわかった。しばらくそこで立ち止まって話していた二人だったが、女子高生が藤本の方に傘を傾け、藤本はそれをうけとり、二人で一つの傘に入って歩き始めた。
親子だろうか。それにしても、笑顔は恋人のそれだったようにも思うが。

「相合傘、か」

無意識のうちに声がもれていた。そして自分の恋人を想う。いや、恋人ではないか。
きっと彼女は傘をささないし、こんな雨でも傘をもってでかけたりはしないだろう。そういう人だ。

瀬田は散々迷ったが、せっかく貸してくれたのだから折り畳み傘を広げた。モスグリーンの、ブランドのロゴの入った、きれいな傘だった。そこではっと気づく。もしかしたら、藤本はあの女子高生を見つけたからこの傘を自分に?
相合傘か。
いらない思考を捨てようと、瀬田は勢いよく傘を前方に広げ、一歩を踏み出す。不意に顔を上げたそのとき、自分の前にじっと立ち尽くす女性がいた。まさか。
その人は傘もささず、しっとりと濡れ、瀬田のことを見つめていた。その瞳は今、降り注ぐ水の粒よりも澄んでいる。

「マナ…?」

その人は、瀬田の想う人、広瀬マナだった。

「雨、降ってたから」
「うん」

言葉はいらないように思えた。いや、言葉など二人の間では無意味だ。意味をもつのは、この雨と、この傘。

「…入る?」

モスグリーンの傘をさしたまま瀬田はマナに尋ねる。マナはじっと傘を見つめていた。そしてゆっくりと踏み出し、瀬田の隣に並ぶ。するりと絡んできた彼女の指は、ひんやりとしていて、なぜか火照った瀬田の肌に心地いい。

「いい、色」
「そうだね」

二人が入るには小さい折り畳みの傘だったし、瀬田の肩は確かに雨にぬれてはいたが。

「相合傘、か」

二人の手の温度が、もうすぐ同じになる。



Rain's Ring



「ね、さっき若い人と一緒だったね」

藤本が顔をむけると、マキはにこりと微笑んだ。

「あ、うん。よく会社にパソコンのことできてくれてる人でね。傘なくて困ってるみたいだったから」
「そっか。突然降ってくるんだもの、びっくりするよね」

そうだね、と上の空で答えながら藤本は自分の頭上の薄ピンク色の傘を見ていた。

会社を出てすぐに、思わず見たことのある青年が目にはいって声をかけてしまった。瀬田と名乗ったその青年は、よく社内で見かけたことがあったけれどもどこか憂いをおびた顔をしている青年だった。話しかけたからといって、何か話すことがあったというわけでもないがそれでも話かけずにはいられなかった。自分も年をとったものだと、思った。

しかし。心がおどったのだ、あの瞬間。

傘は持っていたし、そのまま帰れたけれど瀬田と話すうちに自分だけかえるのも気がひけた。そのときに見つけた、自分の恋人の薄ピンク色の傘。たまに会社の前を通るとは言っていたけれども、時間が合うとは思っていたなかった。そして、こんなにすぐに彼女の傘を見つけることができてこんなにも心がおどるとは思わなかった。年をとっても、ここはかわらないのか、と苦笑いさえこぼれる。

相合傘。

ふと、そんなことを思った。そして自分で考える間もなく、瀬田に折り畳み傘を差し出していた。走り出していた。年甲斐もなく、だ。

「聞いてる?」
「え、ごめん、聞いてなかった」
「だからね、今日、雨降ったでしょ。だから学校まで歩きだったの。自転車だったらこんな道、通らないけど、今日はなんとなく通ってみようって思って」

人通りの少ない道になり、藤本はマキの肩を抱いた。自分の肩がぬれるのがわかったが、それでもかまわなかった。それさえも、愛の証のような気がしたのだ。

「そしたら、藤本さんいるんだもの。びっくりしちゃった」
「俺もだよ。マキがいるなんて、思わなかった」
「傘、貸してよかったよ、その人に」
「なんで?」
「相合傘、できてよかった」

心から、いとおしく思える。確かに、道を間違えたと思わないとは言えない。不倫だなんて。友人の娘とだなんて。だが、気持ちにうそはつけない。
少し湿ったマキの髪の毛をなでながら、藤本は、昼間の青年もどこかで恋人と相合傘をしているといい、と脈絡もなく思った。


END


うちの読みきり小説「Love Ring」と「9」の漫画「眩暈」とのコラボ小説。
途中から、なんか別々の話になってしまった気がしないでもないのですが…
いつもは脇役の(笑)瀬田さん主観で書きました。
瀬田さん、大好きなのでこれからの活躍を期待しつつ…
というか彼の職業を勝手に妄想しちゃったんですけれども。
ちょっと長すぎた気がしないでもないのですが…

今回は多々、ハプニングもありながら、とりあえず小説という形に落ち着きました。
いろいろとすいませんでした本当(・・`)

でも藤本さんと瀬田さんの絡みが楽しすぎて…!
このあと、瀬田さんが藤本さんとこに傘を返しにくる話も書きたいです。
というか書きます(宣言!?
ではでは、「9」の二周年と「MOKO」の一周年に乾杯!

「Love Ring」の本編はコチラ
さおりさんのサイト「9」はコチラ

 

 

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