この小説には以下の表現が含まれています
・性的描写
・同性愛
大丈夫な方はお読みください。
大丈夫だから読みます
冷たいセ氏四十度 もの心ついたときから、親父は家にほとんどいなかった気がする。どうでもいいか。母親、というよりもあいつはいつもいつも部屋の隅でうじうじと泣いていた。泣く奴は嫌いだ。だから逃げようと側を離れると、後ろから抱き着いて来て、 「ママから離れないで、一人にしないで」 と喚き散らした。ガキながらに鳥肌がたったが。 そのうち、そうあれはたぶん俺の誕生日だったはずだ、その日を境に完全に親父は家に帰ってこなくなった。きっとあいつの馬鹿らしさに気付いたんだろう。俺はあまり理解していなかったのか、そんなこと忘れちまったが、まだ小学生の頃は親父の会社に出入りしていた。 たまに親父の秘書の飯岡がいたりして、社長室で「家族めいたこと」をしていたはずだ。成績が悪ければ怒られ、何か良いことをしたら褒められる。随分馬鹿らしくもあったが、父親役をする飯岡が滑稽でなかなか面白かった。 中学の頃になると、母親の精神面はますます荒んでいった。俺が中学の、所謂「不良」と言われる阿保な奴らと付き合うようになり、家にほとんど帰らなくなったことも関係があるかもしれない。ただ俺の知ったことじゃない。どうでもよかった。日々は怠惰なほど遅く過ぎていく。会社への出入りもやめた。もう飯岡の滑稽さはおもしろくなく、つまらない。 深夜、家に帰り着いた。不意に奥から何かが割れる音と、あいつの叫び声みたいなものが聞こえた。玄関には親父のものらしき靴がある。できるだけ物音をさせないように廊下を歩いた。 リビングには誰もおらず、そこからダイニングキッチンに繋がる扉を覗いた。親父の後ろ姿が見える。ズボンをおろし、テーブルの上にぐったりとしている女の股間に自分のちんこをこすりつけていた。女はもちろんあいつで、血まみれになったまま目を大きく見開いている。首からは鮮血が噴き出していたのだろう、名残みたいに液体がかすかに盛り上がって流れ出ていた。 俺はもうその時には、セックスを知っていた。 だがあんなにも興奮し、痛いほどにちんこが勃起したのは初めてだった。母親がはじめて魅力的に見えた。 親父は祈るように上を見上げ、しばらくケツの筋肉を痙攣させていた。そして振り向いて俺を見た。その目だけはおそらく一生忘れないだろう。 真っ赤な目だった。血のせいでもなく、あれは紛れも無く、赤い目をしていた。 「調べてきたぜ」 暗いバーのスツールに、男は滑り込むように座った。カウンターの1番端の席。目深にかぶった灰色のニット帽を男は脱いだ。スキンヘッドにうねる黒い炎みたいな入れ墨が施されている。薄ぐらい照明が彼のあたまを鈍く照らしていた。 「大谷千尋、歳はもしかしたらお前よりも年上かもしれねえ」 「はっ、うけるな」 男はジャケットの内ポケットからぐしゃぐしゃになった紙を引っ張り出した。名前や年齢なんかが細かくメモしてある。「大谷」を音読みでダイヤ、か。意外に単純な源氏名だ。今頃あいつは寝ているんだろうか。昨日もうるさいほどあえいでいた。 「なんの話だよ、え?」 マスターがマティーニを滑らして男の前に置いた。勢いはついていたはずなのに中身は零れない。男はニヤリと笑った。 「身辺調査だよ。イナが自分の生い立ち知りたいっていうもんだからさ」 「馬鹿か」 マスターはいつも深追いしようとはせず、それがいい。少し離れるのをまって、男がまた口を開く。 「小さい頃に母親から虐待受けてたっていうベタな感じだな。それで高校卒業して、家を出て、デリヘルか」 「ベタだな」 マティーニも鈍く光っている。男は一気に飲み干すと、もう一杯、とグラスをこちらに返してくる。シェーカーを振りながら、男の落ち着いた声に耳を傾けた。 「で、ここからがすげえ。デリヘルから会員制クラブに出世。けっこうすげえやつ相手に仕事してんんだよ、こいつ。ほらなんだっけあのなんとか大臣…代議士の愛人ってのもあったな。そう、それとこれがすごい」 男は自分で言おうとしている内容に、自ら固唾を呑んだ。 「なんとあの大渕レオンに買われてる」 噴き出しそうになって、唇にぐっと力を込めた。グラスを置いたが、男は続ける。 「さらにすごいのは買われて半年後、忽然と姿をけしてる。続いて大渕レオンが怪我で入院。腹がなんたらって話だがよくわかんねえな」 頭の中で、親父のあの真っ赤な目を思い出していた。そして死体になって親父と俺に犯された母親。冷たく熱い体は、思い出すだけで半勃ちする。 あのときから女とも、男とだって寝た。ヤれればよかった。だがもっと重要なのはあの興奮をもう一度体験することだった。夜の街には、そういうやつばかりが集まってくるから再現しようとすれば相手は誰でもが捕まったが、一度もうまくいったためしはなかった。タバコで体を焼いてみたり、爪を剥がしてみたり、苦悶の表情は簡単に浮かべる。だが俺がほしいのはその先にある冷たさだった。熱い冷たさ。 「たぶん、この大谷千尋がレオンを刺したんだと思うね。情夫にさされた大会社社長っていかにもおもしろくないか?」 「趣味が悪いことには変わりない」 男はけけけ、と笑う。卑しい笑い方だった。 「それともう一つ、おまけ程度だが、大渕レオンには今一歳か二歳になるガキんちょがいるらしい。公表もされてない」 「ゴシップネタだな、完璧に。今のは金額には入れないからな」 俺まで到達しないのなら、調べはぬるい。母親の死体にまで到達していないのなら、ぬるい。 俺はポケットから万札を10枚ほど出してカウンターに投げた。男はすばやく数える。 「…9、10…10か。あと5はほしい」 「ぬるいんだよ。さっさと帰れ。どうせタバコしかかわねえんだろ」 この金だって、その大渕レオンからでてんだ。解ってないなら金を渡す価値もない。男はにやりと笑い、酒の金も払わずに店からでていった。分厚い扉が開くと急に外の雑多な雰囲気が流れ込んでくる。そして徐々に静寂。扉が完全に閉じると、店内はまた静かになる。 明け方近くにアパートにつく。初夏の風が微かな熱気を帯びて、網戸から入り込んでいた。ダイヤはぐたりとベッドに横になっている。寝息さえも聞こえない。まるで死体だ。じっとりと汗をかいていて、前髪が額に張り付いていた。 一ヶ月前に部屋の前で雨に打たれていたこいつは、まるで捨て犬だった。だから拾った。裸だった上半身には至る所にキスマークがついていて、手には真っ赤に染まったTシャツを持っていた。それはあの晩、母親が流した血と同じ色をしていた。 視界が真っ赤にそまる。 「人の寝顔見てんなよ」 ベッドの端に座ってタバコをふかしていると、ダイヤが起き上がった。 「じゃあ寝てんなよ」 「死ね。タバコ吸うなら灰皿に灰をいれろよ」 「指図すんな、お前の家じゃねえんだぜ」 ダイヤはだまり、俺をじっと見る。その目はまるで死んだようで、かすかに胸が高ぶる。 今までのように、セックスをする相手だったなら一ヶ月も付き合ってりゃそいつの体は痣だらけになってたはずだ。だが、ダイヤには一度もタバコを押し付けたことがない。それはおそらく、こいつは− 「暑い。なんでここ、遮光カーテンないんだ」 まだ早朝、といっても早いぐらいの時間だったが太陽の光はするどくこの部屋に差し込んできていた。ダイヤはつぶやいて自分の額の汗をぬぐうと、何を思ったのか汗のついた指をしずかにしゃぶった。怪しく光る指先と唾液。目が合う。死んだ目の奥に光るのは、真っ赤な性欲。 タバコを灰皿に押し付け、そのまま押し倒した。ダイヤのちんこは完璧に勃起している。 「お前さ、死んだ目してるよな」 「あ?」 ダイヤは乳首が弱い。指でかすかになぞると、もう息を荒くする。 「でもな、死ぬなよ」 そう、本当に死んだら意味がない。死なずに、生きていてその目をするからこそ、価値がある。冷たい熱。矛盾するようなそれは、本当は最高のクスリだ。ダイヤの体は冷たい。なのに局所は熱い。 愛撫はしない。冷たい熱が早くほしい。幸いなのか、乳首を撫でただけでダイヤは絶頂に近くなっていた。俺の不可解な言葉に反応するほど余裕もないらしい。下の穴に指をつっこむ。なんの滑りもなく、痛みを伴うはずだがそれさえもこいつは快感にかえる。 ダイヤの中は、熱い。 「お前、やめるんだって?このバイト。お前みたいなの、他にどこで働くっての」 たまたま同じシフトに入っていた穂積が、バーテンの服に着替えながらそう言う。こいつは年も同じで、今は教育学部に通っているとか言っていた。お前みたいなたらしが教師になれるのなら、俺だって教師になれるというと、鼻で笑った。 「でも何、まじで心境の変化?もう女も男も簡単に抱けなくなるんじゃねえの」 「お前と一緒にすんな。抱いてやるんだよ」 「伊那、お前本当にいい性格してんな…何、彼女でもできたの?」 「さあな」 穂積はそれ以上尋ねてくることもせず、へへっとだらしなく笑った。 to be continued |