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Say,"Good Bye your LOvers"
随分、手の込んだガラス細工が朝の光を浴びてキラキラ輝いていた。小さな窓から差し込む唯一の光を一身にうけとめている。手を伸ばした。何なのか、全くわからない。熱かなにかでただ単に溶けて固まったものだろう。けれどどこかしら高貴な雰囲気漂うガラスは、僕を魅了するには十分だった。
「ちょっと」
後ろで寝ていたはずのカオルはぱっちりと目をあけている。彼は手を伸ばしたので僕は何も言わずにガラスをわたした。
「勝手に触るなよ」
「ごめん」
怒っているのか、いやでも寝起きなのだから。わけのわからない弁解を自身の中で反芻していると、カオルは徐に口を開いた。
「これ、シンシアがくれたんだ。ピュールも知っているだろ?シンシア」
頷いた。
シンシア。
カオルが唯一愛した女性。
彼は手の中でガラス細工を、まるでシンシアを見つめるみたいに愛しそうに見つめている。そんなカオルを見るのは辛い。
「シンシアらしいね」
「ああ」
僕は静かにシェルターから出た。
扉を開けるけれど、荒野が続くばかり。無味乾燥な風がときおり気ままにふいていく。
ここ、地球に生き残ったのは僕とカオルだけだ。男同士、子供が生まれることなどまずない。それに僕にはそういう機能もない。
乾いた風が僕の肌をなで、髪を揺らしていく。肩ほどまでの髪の毛がパラパラと揺れた。シンシアなら、腰の位置まである髪の毛を優雅に押さえていただろう。あの艶やかな銀髪はこの世のものではないような、美しさだった。光に透けたそれは、何よりも美しかったのに。
暴れ狂ったテラは、何食わぬ顔で今日も静かに在りつづける。テラには季節などない。異常気象だなんだと騒いだいつかが、懐かしいほどに。けれど太陽は笑い、月は微笑む。朝と夜がある。今の僕らにはそれだけが救いだった。僕はいそいそとシェルターに戻った。
ベッドの上では、カオルが完全に起きていた。車椅子に移りたいようだ。僕はあわててカオルの上半身を持ち上げて車椅子に乗せた。彼は器用にそれを操り、ずっと持っていたのかガラスを元の位置に戻した。ふう、とため息をもらしている。
「少し土を運んできてくれないか」
「うん、じゃあ持ってくるよ」
「できるだけ柔らかいやつをね」
「わかっているよ」
僕はスコップ片手にまたシェルターを出て、荒野の真ん中を掘り返した。砂ばかりで、柔らかい土なんてそう簡単に出てこない。僕は無心になって掘り続ける。
腕が少し軋み始めたころ、やっと粘土質に突き当たった。持ってきたバケツにいっぱい土を盛る。汚れる手のひら、土は爪の中に入るけれどあたたかい。テラのあたたかみ。だから土は好きだ。
ああ、テラはあたたかいよ。僕の立つこの場所はまだあたたかいよ。なのにシンシア、君は帰ってこなかった。あんなへんてこなガラス細工一つ残し。
もう少し掘り進めると、何か白いものに当たった。ああそういえばここに―
「ピュール、何してる。早くしろよ。お腹すいたよ」
カオルがシェルターから顔を出していた。バケツを持って駆け寄る。
「あの圧縮器、質のいい土しか圧縮しないもんだから。それにカオル、この空気はきれいってわけじゃないんだから勝手に出てきてはダメだよ。体に障る」
「悪い空気でも空気が吸いたいさ。こんな体じゃなければ君を酷使しない」
僕の顔から自然と笑みがこぼれた。カオルを安心させようと、頬が動いたのだ。
「酷使されている覚えはないさ。僕はアンドロイドだもの。マスターの言うことは聞くさ」
カオルがふっと笑う。随分自嘲的な笑いだった。さらさらと風がふいた。少し臭いがきつい。どこかのシェルターが崩れ始めたのだろう。人がいなくなり、廃れたシェルターはただの廃棄物でしかない。崩れるときにガスが発生するのか、最近は臭いでわかるようになった。
「俺がシンシアとともに死んでいればよかったかな。中途半端にこんな形で生き残ってしまって」
「カオル、それは言わない約束だ。君は生きている。それだけさ。それに君に壊してもらえないかぎり僕はあと76年と25日と13時間動いていられる。いや、生きていなければならない」
「それも寂しいな。さあご飯を作ってくれ」
「はい、マスター」
カオルはさっきとは違い朗らかに笑って、中に引っ込んだ。僕も手を払いすぐにシェルターの中に入っていく。
ごめんねシンシア。さっき掘り返した場所には白い骨が覗いている。カオルがご飯を食べて眠ったら、わからないようにまた埋めておこう。もちろん、僕しかその骨の主をしらない。
僕が君をまた埋めに行くまで、シンシア、風にあたってごらん。
こんなの虚構だと嘆いていた、シンシア、土は、まだ温かいだろう?テラは、まだあたたかいだろう。直で感じられる君がうらやましいぐらいさ。
シンシア。
to be continued
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