ただそこに



「髪少しのびたね」

君はクスクス笑って僕の髪をすくった。身長差を気にしてる男にそんな所作、見たくもないっていうのに。まるで「かわいい」って言われてるみたいで。男がかわいいって言われて喜ぶもんか。

「ああ、もう秋も終わっちゃうかなあ」
「知らない」

不貞腐れた僕なんておかまいなしで君は、やっぱりクスクス笑って空を見上げてる。たまに鼻歌なんかも歌ってさ。上手いんだから声を出して歌えばいいのに、君はいつもそうしない。
一つひとつ言葉を紡ぐように、宝石箱から一つひとつとりだすように、君は静かに歌う。
僕は不貞腐れたのを装ってそっぽを向くけれど、君の鼻歌を耳を済まして聞くんだ。この世界に、今の僕等ほど幸せな瞬間があるだろうか。
 

 ただそこに、
 ただここに、
 君と僕と君の鼻歌と僕の伸びた髪と、
 二人の身長差は3センチで。
 あまりにも幸せすぎる空間。
 幸せすぎる瞬間。


END

 

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