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窓際の憂鬱
目がさめると、ぼんやりと明るい部屋に寝転がっていた。当たり前だ。ここは僕の部屋、僕のベッド。ゆっくり起き上がると、やわらかいマットレスが体に合わせて動いて形が変わる。なんなく、胎児になった気がしてベッドの上でひざを抱えた。そのまま、たてたひざに顔をうずめる。かぎなれたパジャマのにおいだけが嗅覚を支配する。
十数えて、顔を上げて、それでもやはり僕の世界は変わらない。ぼんやりとした明るさと、見慣れた家具の配置、母体の内壁みたいなやわらかなベッド。
ベッドのすぐ横、窓際にかかった遮光カーテンさえも突き抜けてくるが、それでもやはり勢いを失った光はやさしい。しばらく外には出ていないけれど、さして変わっているようにも思えない。
すずめが鳴いて、風が草をゆらして、道端で人と人があったら会釈なんかをして。そんな毎日。僕はそんな毎日を演じる役者から下ろされて、舞台袖から出番をのぞく下っ端でしかなくなってしまった。それはまるで、本当に唐突だった。
「智紘」
返事をする前に、ドアが開く。栗色に染めた髪がふわりとゆれて、たとえば秋風みたいな軽い髪の毛で。鞠美が、愛くるしい顔をのぞかせた。
「返事してから、っていつも言ってるだろ」
「返事もしゃべるのも遅いんだから、我慢できないんだよ」
彼女が部屋にやってくると、にぎやかになる。彼女の声がして、彼女のにおいがして、彼女の雰囲気がそこにある。僕とは対照的な鞠美は、迷わずベッドにやってくると、僕の向い側で僕と同じ格好になった。
「今、帰ってきたの?」
「うん。そろそろ秋だからかな、飯田の大通りが少し茶色くなってる」
「そっか、秋か」
「ここは、年中、秋みたいだけど」
「秋か」
「そう。私たちが生まれた秋だよ」
そうして鞠美は、今日の出来事をまるで僕に報告するように語る。女子高生は話題につきないのか、僕はずっと聞いていてたまに相槌をうったりするだけ。最近もっぱら彼女の話題に上がるのは、彼氏になるかならないか瀬戸際の「ソメイ」のことだ。
「だめかもしれない」
「何が?」
「ソメイ」
「おとといは一緒にアイスクリーム食べに行ったんだろ」
「一昨日と今日は違う。ソメイ、今日はちょっとくさかったんだよね」
「言葉が?」
「くさいっていったら匂いしかないじゃない。汗かいてたのかな、なんかちょっと」
思わず噴出した。散々、今まで好きだのどうのこうの言っていたくせに、汗をかいたそのにおいがだめとは。僕が笑うのが気に食わないのか、鞠美はまだ続ける。
「笑い事じゃないよ。匂いって本当に重要」
「汗かいたらくさいのは当たり前だろ。鞠美のことが好きで、緊張で汗かいたのかもしれない」
「智紘はくさくない」
「だって外に出てないから」
思わず、黙った。彼女は目を伏せる。僕はまた、カーテンの、窓の、向こうに続く舞台に思いを馳せた。
「みんな、智紘が殻を閉じたって嘆いているけど、私は好きだよ。前みたいに一生懸命、野球やってる智紘も、今みたいに窓を眺めている智紘も」
「汗かいてたのに。野球やってて」
「我慢、する」
鞠美が、笑う。部屋がいっそうあでやかになったように思えた。僕は静かに遮光カーテンを開けた。まぶしい光が、僕を出迎えてくれたみたいだ。
「智紘」
びくりとして目を開けた。寝汗をびっしょりとかいている。張り付いてくるTシャツが不快だ。これじゃあ、僕も鞠美に嫌われるかも、と自然と笑いが漏れた。
「智紘」
もう一度名前を呼ばれる。母は、僕の言うことをしっかり守ってくれる。返事をするまで絶対に入ってこない。
「部屋には、入らないで」
「わかってる。本当に、行かないの?」
「ごめん、行けないんだ」
母に謝る必要はないのに、自然とこぼれてしまったのはやはり鞠美の夢を見ていたからか。階段を下りていく音がして、僕の部屋はまた沈黙に包まれた。ぼんやりした明るさは変わらず、遮光カーテンは開いてはいない。もうずいぶん自分では開けていない。のどがカラカラに乾いて、うまく声も出なかったけれど「鞠美」と呼んでみる。だけど、僕しかいない部屋にはその名前は不似合いだった。
今日は、双子の妹が死んでちょうど一年が経った日だ。一回忌の法要がある。鞠美の命日。
一年前の今日から、僕は外へ出ることが怖くなってしまった。ひざをかかえ、匂いをかぐ。やはり、かぎなれた匂いが僕の鼻をくすぐった。だからって、鞠美があの夢のように部屋に入ってきて、ソメイの話をするわけでもない。もちろん、ソメイは実在の人物で鞠美は彼のことを少なからず気にしていたみたいだが、二人はしゃべったこともないだろうし、ソメイの方は彼女の顔は知っていても名前までを知っているかはわからない。
冷たい、と思って顔をあげると気づかないうちに涙を流していたみたいだ。ひざの部分がぬれていた。
まるくなった僕は、ベッドの上で泣いている。双子の妹を思って、泣いていた。 胎児の僕は、あたたかな母体で泣いている。命の片割れを失って、泣いていた。
双子、だからかはわからないけれど、やはり彼女が死んでから僕は何かを失くしたようだ。それにどうかしてる。ソメイと鞠美がアイスクリームデートなんて。汗をかいてくさいから、ソメイはだめかもしれないなんて。
それでも、やはり僕と鞠美は二人一役だった。人生っていう長期公演の、たった一人、同じ役を演じるライバル。
僕は思い切り遮光カーテンを引っ張った。ぶち、と鈍い音がいくつもしてフックが外れる。カーテンから布に姿を変えたそれは僕の上に落ちてくる。光の温度を吸収して、熱をもった布は僕の涙も吸収するようだ。鞠美、ともう一度呼んでみたけれど、やはり声がかすれてこの部屋には不似合いすぎた。
END
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これが復帰第一作ってどうよ←
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