※多少グロテスクな部分があります※


ミライ second edition


連綿とつづくうねる床は、例えばあの部屋を思いださせる。気持ち悪い。マズロならきっと笑う。
櫂理(かいり)はマズロの血で汚れた自分の頬を拭う。前方にはかすかな光りと温度。これでおわりだ。歩き続け、死体を踏み続けて感覚のなくなった足ではもう、立っていることさえ困難に思えたが。

「もうすぐ。もうすぐ」

ルート9。それはほかでもない、人間のつくりだした地獄。いや地獄でもない。地獄以上の得体の知れない何か。犯罪者更正をうたったこの施設はもはや、一つの生き物となってうごめいている。

「ぐっ」

腹に激痛がはしり、倒れこんだ。血に溺れる。半分以上が凝固したその液体は、生体の中にあったときとは反対に、酸素を奪うようだ。口にも鼻にも入り込んでくる。足や腕の傷にもしみる。
まさか、あの部屋にもこんなしかけはなかったよねマズロ。櫂理はうすれゆく意識の中であの部屋にいた。硝子張りのあの部屋は決して気持ちのよいものではなかったが、アトラクションだとおもえばかわいいものだった。ここに比べたら。うねる床、無数の死体、疼く壁、あてのない恐怖、底知れぬ闇。

出口はそこなのに。本当の温度はそこなのに。 心臓か。ここはルート9の心臓か。

櫂理の思考がそこにいきついた瞬間、腹に埋め込まれたプラスチック爆弾が爆発した。彼女もまた、無数の死体の一員になる。まだあたたかな血は、急速にその温度を失いつつあった。






「おしかったな」

櫂理が見つめていた光りと温度の先にいたジーンは、隣にいた出雲(いずも)にそう言った。出雲は何も言わずにルート9へ一歩踏み込んだ。

「まさかNo.253の櫂理(じゅん)とNo.65のマズロ・ベックナーが残るとはね」

彼の言葉に頷きながら、血生臭さは当分抜け切らないだろう、と出雲は死体を見つめながら思う。

「あと少しではあったんだがな」

彼は俯せに倒れていた櫂理の上半身を持ち上げた。その瞳はまさにルート9の暗闇と同等のものであったが、恐怖など微塵も感じなかった。

「全く呆れるな。今の今まで自分の中に爆弾が入っていることを知らなかったのか、本当に」

ジーンが笑うが、それは顔を歪めているようにしか見えなかった。

「人間は恐怖によって左右される。三度目も失敗か」
「おや出雲、君らしくない発言だ。『恐怖と罪意識』をうたったのはこの僕であるからして、君が落胆することはないさ。君の担当は『受精と恐怖』さ」
「落胆などしない。次も被験者を集めるだけだ」

二人の履く白いゴム製の長靴にはべっとりと血がついてしまった。ルート9を後にして研究室に戻るまでの距離に赤黒い足跡が残ってしまう。

「今度からは白い長靴はやめたほうがいいと報告書に書かないとな。ついでに白衣も」

ジーンは血で汚れた白衣を脱ぎ捨てるとソファに腰掛けた。

「ああ。しかしこの足跡は消さない方がいいだろう。道しるべとして残した方が効率もよくなる」
「たしかに。さすが出雲だな」

やはり顔を歪めているようにしか見えない。出雲はそんなジーンの笑顔を見ながら報告書を打つ。

「ルート9第三実験終了。最終段階においてNo.253とNo.65が残るが受精は失敗。恐怖と罪意識の関係も未処理に終わる。今後も実験は続行」

寝息をたてはじめたジーンはまるで死体のようだ。出雲は自然と笑みをもらす。
デスクにある資料を見ながら、最後に死んだ櫂理の思考パターンをチェックする。彼女は死ぬ間際にあそこをルート9の心臓だと思い至った。が、違う。ルート9に心臓など存在しない。



陰茎なのだ。ルート9自体が。そして被験者は精子。そして私たちが卵子。受精をして果たして初めて命が誕生する。それが実験の成功でもある。


出雲はジーンが脱ぎ捨てた長靴に付着した、真っ赤な凝固物を口に含んだ。おそらく、精子の味であろうと思いながら。


END


***


「ミライ」に続く、話です。結局なにか解き明かされないまま…
 

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