世界が終わる日




干からびた大地には、生命のさえずりなど聞こえるわけがない。ヒエラは乾く瞳を必死に瞬かせて、空を見上げていた。いつからか、澄んだ青色であったはずの空はもう、真っ白だ。

「いつになったら、枯れるのだろう」

隣に横たわるズウがつぶやいた。彼は生まれつき、頬の筋肉が発達しきっておらず、話すたびに口の端から唾液が垂れる。その唾液でさえも、干からびた土は欲しているのかすぐに吸収された。

「枯れてほしいの?」
「いや、でも枯れるまでは生きていたいよ」

ズウの視線の先には一本の木がある。地上にただ残された一本の大木は、季節に合わせて葉を繁らせてはいるがそれがなんの季節なのか、生き残っている人間たちはわからない。そもそもこの地上に季節などあったのかも、もはや言い伝えの枠を出ない。


人々は一日中、葉が揺れるのだけを眺めて過ごす。一人、二人と、死にゆく仲間を見送りながら、過ごす。生き残った命は、徐々に輪をなし、大木を囲んでいる。皆、その輪が小さくなっていくことは知っていたが、わざわざ言及する者はいなかった。

「あの木が枯れるものか」

二人のそばにいた老婆が、誰に言うともなくそうつぶやいた。



夜になって、命の輪を囲むように、いくつかの小さな火が焚かれた。いつの時代か、燃料が底をついてからは燃やせるものを燃やしてきた。しかしそれも今日までだ、と誰かが言っていた。あとはあの大木しかないのだと。賛同するものは誰一人としていなかった。話題にもでなかった。日が落ちると、かなり冷える。昼間は色素の落ちた空だったが、夜になれば帳がおりる。星も月もない。

火だけがたった一つの、希望のように燃え盛っていた。

「火は、これで最後なのかもしれない」

ヒエラが言っても、誰からも声がしない。昼間つぶやいていた老婆の方を見る。彼女はぐったりと地にへばり付いていて、力が入っていないようだ。何度もこの光景は見ていた。死んでいる。

「ズウ、おばあさんがとうとう死んだよ」

老婆とは反対側にいるはずのズウに、話しかけながら体をそちらに向けた。ズウも老婆と同じようにぐったりと倒れている。口からは唾液は垂れていなかった。

「死んだのか」

ほとんどの者が、もう幾日もものを食べていないのだ。いつ自分が死んでもおかしくない状況下で、少数の命は大木を囲んでいる。ヒエラは手馴れた様子で、二つの死体を輪からはずした。皆、了解したように輪を小さくする。火が頼りなく揺れていた。




数日後には、輪は輪でなくなった。ヒエラと、あと一人、少女だけになったのだ。彼女とは言葉が通じない。だから名前もわからない。いよいよ力も抜けて、互いに乾いた地面に頬をつけ横たわった。大木と向き合うように、二人は隣り合って倒れている。

「―――っ」

少女が何かつぶやいたと同時に、葉が降り注いできた。赤や黄色に色づいた葉は、とめどなく二人の上に落ちてくる。体が葉に埋もれていく。抵抗する力も、もとより抵抗する気など何もなかった。死ぬのだ、とヒエラは思う。おそらく少女も同じことを考えているはずだ。

最期に、目があった。微笑んでいた。

乾いた大地
白い空
一本の大木



すべてだった。



そして世界は終わりを迎える。



END

***
生きることについて考えていて、こんなのが生まれました。
「とったげるよ」で途中まで書いて、本編に(笑
生きるってことは汚いけど、極限までいくとこんなんかな、とか。
一つの物語の切れ端だと思ってもらえるといいです。
 

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