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the miseries of CHRISTMAS
風が頬に突き刺さるようで、息は真っ白に染まる。それでも通りは人で溢れている。正確には恋人達か。街路樹にはイルミネーション、クリスマスカラーに染まる町並み、寄り添う恋人達。全く脳天気なものだが、自分も今朝までは浮かれていたにちがいなかった。
今年のクリスマスイヴは祝日、やり残した仕事もない。彼女と遅いながらも昼までにはツリーを飾り付けて、夕食をつくりながらめくるめく聖なる夜の思い出−今朝までは。
突然入った休日出勤コール。入社三年目の自称新人がヘマをしたと泣きながら電話をかけてきたのが朝8時。何も言わないが目で物語る彼女に見送られ、会社についたのが午前10時。それから何時間も会社に缶詰だった。
何度か電話しても、彼女が三度に一度でるかでないかで、怒りのたけもよく伝わり、午後8時を過ぎてからは携帯を触らずにいた。日付が変わる前に会社を出れたものの、家につくころにはもうクリスマスを迎えているだろう。それを思うと中々足が家に向かわず、こうして街中を遊歩することになってしまった。
もう遅いのに、と周りの恋人達もイルミネーションでさえも恨めしく思える。しばらくしてから、携帯電話が鳴った。彼女しかいない。
「もしもし?ああ…今終わったんだ。本当だよ…ああ…うん…もう帰るから…なんで浮気に繋がるんだよ」
その時、後ろから何かにぶつかられる衝撃をうけた。倒れそうになるのを必死に堪えたが、代わりに携帯が飛んでいく。弧を描きながら着地したそれは、落ちてからもレンガ仕立てのコンクリートの上を回転してから止まった。
「ご、ごめんなさい…」
後ろで震えていたのは、小学校中学年ほどの女の子だった。ゴールドのイルミネーションに照らされているその顔は真っ青で、泥がついている。服も泥だらけだった。周りにいるカップルの視線が集まるのがわかる。
「君、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい」
申し訳ないと思っているのか、それにしても異常なほど震えている。手を差し延べたものの、少女は顔を上げずに走りさっていった。ざわめきや興味の視線は一斉に飛び散る。
「あの、携帯」
近くにいたカップルの女性が、怖ず怖ずと差し出してきた。気に入っていたシャンペンゴールドのボディも傷だらけだ。驚いたことにまだ通話中になっている。耳に押し当てた。
「もしもし?え?事故じゃない。うん、違う…泣くなよ。今から帰るから。そう、うん。悪かったよ」
受話器の向こうの彼女の声が、心なしか震えて聞こえる。さて、何を買って帰れば機嫌をとれたものか。何となく、口に出してみる。
「メリー、クリスマス。……まだイヴだけどな」
泥臭い。
それで目が覚めた。腹が減って目が回る。
ふらふらと立ち上がったものの、すぐにどしゃり、と倒れた。手をつく力さえなく、顔から。腐葉土のにおいが鼻を刺激するが特に、何も感じない。腹が減った。それだけだ。それにしても、こんなに腹が減っているのに死なないものだと思う。足も痛いし、頭も痛い。死ねるなら、早く死にたいのに。少女は風に吹かれながら、瞳を閉じる。
楽しいクリスマスのはずだった。小学校の終業式で、みんなと年明けにクリスマスプレゼントを見せ合いっこして、お年玉の額も発表しあう約束をした。心が躍った。小学校四年生でも、まだ保育園の妹にまけないぐらい、はしゃいだ。
ただ、楽しみだっただけだ。本当に、楽しみだった。いつもは仕事でいない父も、イヴは帰ってくると言った。それだけで、うれしかった。
23日の夜、物音で目が覚めた。いつもは隣で寝ている妹が、いない。襖一枚隔てた隣の部屋から、両親の話し声が聞こえる。自然、襖をほんの少しだけあけて、盗み見る形になった。
息を、呑む。
髪がほつれて、かなり疲れたような顔をした母は包丁をもったまま、妹を抱いている。よくみれば妹は血まみれで、ぐったりとしており、少女にも可愛がった妹に息がないことぐらい、見て取れた。がたがたと足が震えだす。
なんだろう。
なんだろう。
わからない。
わからない。
母はゆっくりと目をつむる。跪いているようにみえる母の隣に立っていた父は、母から包丁をうけとるとやはりゆっくりと振りかざした。まるでスローモーションのようだ。なんて滑稽なほど、ゆっくりとした動きなのだろう。ほどなく母は、そこに崩れ落ちた。
父は泣く様子も見せず、しかし楽しそうな様子もない。その目には、やらなければならないことを成し遂げようとする決意と覚悟がにじんでいた。彼はくるりと向きをかえ、少女の方に向き直った。
殺される。
直感的に思った彼女は、先日、理科の授業で持ち帰ってきたライターを持ち、襖を半ば突き破りながら父に突進した。父の手から包丁が飛び、畳にささる。
怖い。
怖い。
少女はライターをつけ、畳に投げた。思っていた以上に火の回りが速い。近くに赤い灯油のプラスティック容器がおいてあり、おそらく父もこの部屋を燃やそうとしたのかもしれない。少女ははだしで部屋を飛び出し、アパートの階段を下り、無我夢中で逃げた。
「大丈夫?」
朦朧とする意識の中、一瞬サンタクロースかと思った。もう目もあけられないが、それでも一生懸命に顔をあげて、声の主を確認した。
「君、どこからきたの?」
「………わからない」
声の主は、少女が放った火のように真っ赤な服はきておらず、いたって普通のサラリーマンだった。ああ、父もこんな普通のサラリーマンだったのに。ドクドクと、血液が逆流するようだった。手をさしのべられたが、勢い振り払い、なけなしの力を振り絞ってまた、走り出した。
どうやら公園で倒れていたらしい。遊具の間をすりぬけ、隣接する墓地をとおり、イルミネーションで輝く街に出てからも走りつづけた。途中、誰かにぶつかったがとくに覚えてもいない。
サンタクロースに会おう。少女の頭にはそれでいっぱいだった。 サンタに会おう。今は、それしかない。
少女の足音は、クリスマスキャロルにかき消される。
お前が死んだ日も、こんな日だったっけ。
あの日は確か、ホワイトクリスマスだって、ニュースで騒いでたかな。年をとると、感傷的になるから困る。たとえば、お前の墓を目の前にして、もう何回も経験してるのに涙が出てきそうになってるとことか。まだ、三年。お前が死んで三年しか経ってないなんて、俺には信じられないよ。
「お、元気か」
中学時代の部活の同級生からの電話だった。まだ入社一年目だった俺は相当つかれてて、彼女とも別れそうで、機嫌が悪かった12月24日。
「何、お前久し振りじゃん」
「うん、まあ、あのさ、お前時間ある?」
「まあ、クリスマスイヴに家にいるってことは、暇だよ。当然」
そう答えても、彼は遠慮しているのかなかなか話し出そうとはしない。いい加減にしろ、と電話を切ろうとした瞬間、一言しぼりだした。
「死んだんだ」
「は?」
「あいつ、死んだんだぜ」
そう言って彼はお前の名前を口にした。
お前は、中学二年のときに俺たちの所属するテニス部に入ってきた。そのころからお前の悪いうわさは、学校中じゃ絶えなかった。いつも誰かをにらんで、敵とみなしているような目。少し猫背気味で、それでも大きく見えた体つき。笑うと、笑っているようには見えない、ゆがむ口元。
みんなからの評判は最悪なのに、テニスが誰よりも強かった。すぐにレギュラー入りした。校舎裏で、タバコすいながら壁打ちをしていたのを、俺は知っている。いつもへらへらして、練習なんかろくに参加しないのに、負けず嫌いで、試合に負けたその日は誰よりも遅く練習していたのも、知っている。
全部が全部、俺には新鮮だった。お前みたいなやつに会えたことが、新鮮だった。お前だって、俺には気を許してくれてただろう?そんな自負があったんだ。最初は物好きだな、なんていってたけど、最後には俺と声をあげて笑うようになってたじゃないか。
「もう、テニスはやらねんだ」
引退後、屋上で話したあの話は今でも覚えている。
「なんで?お前、テニスうまいじゃん。高校行ってからも、絶対伸びるし―」
「いいんだ。もう、俺は。お前にも関係ない話だ」
何も、いえなかった。無関係。その一言で断ち切られてしまう、俺たちのつながりが、悔しかった。それでも俺がそこに関係していないことは、まったくもってクリアだった。ただ、お前がどんな顔をしてそれをいったのか、よくは覚えていないんだ。
「いらっしゃい」
葬儀には出席せず、初七日が終わったころにお前の家を訪れた。そういう、ちぐはぐなこと、きっとお前もするだろうと思った。
「きっとね、この子、テニス続けたかったと思うの。みんなと一緒にね。だけど、ほら、うち、母子家庭じゃない。苦労させたくなかったのね。わざわざテニス部のない高校に行って早く帰ってきたらバイトして、そういう毎日だったの。ラケットを握って、それでもそっけないふりをしてたの。この子」
おばさんは、泣く様子も見せず、少し悲しそうに笑った。目元がそっくりだ。
「バイク便の仕事をやってたの。イヴの日だったわ。ほら、雪が降ったでしょう。見通しは悪くない道だったんだけどね、雪でスリップしちゃったらしくてねえ。この子以外、被害者がでなかったことが不幸中の幸いっていうかね。本当ね、馬鹿みたいな子でしょう」
遺影のお前は、不器用に笑ってた。
帰り際におばさんは、俺にタバコをくれた。お前の胸ポケットに入ってたやつだと言って。あのとき、お前がどんな表情かも覚えていない俺にくれたんだ。
外に出ると、雨が降り始めていて、傘をもっていなかったから素直に打たれた。
その日から、こうして毎年お前の墓参りに来ている。今日は、会社でヘマをやらかして少し遅くなってしまったけど、どうにか日付が変わる前に来られた。雪が降っていないものの、風は冷たく寒い。去年は暖冬だって、言ってたのにな。
まだ、あのタバコは持っている。すえないよ。きっとしけっているし、俺の気持ちの問題もある。
お前と、離れて歩いた十年の間に、もう、思い出せない何かがあるように、これからまた歩いていく十年の間で、何かを忘れてしまうのが怖いんだ。みんな、クリスマスは恋人と祝うためだとはしゃぐけれど、本当はそうじゃないってことのように。だから俺は、タバコはずっと持っているつもりでいる。
風は一層強くなるばかりで、俺は帰路につく。墓地に隣接する公園を横切っていた。公園の横に墓地があるなんて、設計者を疑うが、ここを通る方が近道だ。三年前、別れそうだった彼女とも、なんとか続いていることだしさっさと帰ろう。
と、足に何かあたった。
人だ。
うつ伏せに倒れているが、子供だろうか。小さな体はふるふると、震えているように見える。
「大丈夫?」
間抜けな声しか出ない。少女だろう、倒れていた子供はむくりと顔をあげ、目を細めている。
「君、どこからきたの?」
「………わからない」
そう言うと少女は、俺が来た方向へ走っていった。泥まみれの彼女はどこに行くのだろう。きっと来年には、少女のことさえ俺は忘れているのかもしれない。コートのポケットにいれたタバコは、やはり少し、しめっている。
「メリークリスマス」
息が、白く染まった。
END
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クリスマスに出そうと思ったのに…!
思ったのに…!
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