ラブ☆イーチアザー


「ただいまぁ」

ネクタイを緩めながらドアを開けると、驚くほど寒くそして暗く、全ての思考回路が止まってしまった。電気のスイッチがわからないわけじゃないので、手探りで探し当てるとぱっと辺りが明るくなった。玄関、風呂場のドア、トイレのドア、洗い物のたまったキッチン、冷蔵庫、洗濯機、そして奥の部屋とを隔てるドア。奥の部屋は真っ暗だ。きっとドアの蝶番なんかの隙間から漏れ来る冷気だけで、キッチンと、続くここ玄関までこんなにも寒くなっているとは。半ば驚き、半ば呆れながら靴を脱いであがる。左手のシンクには朝、オレが使ったフライパンと食器と、昼にナポリタンを食べたのかトマトソースで汚れた皿が放置してあった。そのほかにもコップがたくさん。オレの同居人は、同じコップを使わないで飲み物を入れるたびに違うのを使うので、こうして洗い物が溜まっていく。何度言っても直らない。はあ、とため息をつきながら冷え切ったフローリングを進む。若干蒸れた足にその冷たさは気持ちがいいが、今はそれどころではない。

ドアに手をかける。

あけた瞬間、冬の夜を思わせるほどの寒さがオレを出迎えた。反射的に大きなくしゃみが出る。冗談じゃない。
入ってすぐ、右手にあるスイッチを迷いなく入れる。 ぱっと明るくなって、すぐに目に飛び込んだのは部屋の真ん中にある、中に何かを含んだタオルケット。

(ひらく)おい、啓!」

もぞ、とタオルケットのふくらみが動く。ちっ、と舌打ちをしてからそのふくらみを足で蹴った。う、とくぐもった声がして、しぶしぶと言う感じでオレの同居人である啓が顔を覗かせた。

(てん)さんお帰り」
「お帰りじゃねえ。お前どんだけ寒くしたら気が済むんだあほ」
「南極ごっこ。あ、北極のがいいかな」
「北極も南極も一緒だバカ」
「愛がすくない」
「そもそも愛などない」
「ひどい」

啓は寝癖だらけの頭をぼりぼりかくと、リモコン片手にふらふら立ち上がってクーラーの電源を切った。スーツを羽織っているオレでも寒いのだから、Tシャツとトランクス姿の彼はどれだけ寒いか。しかし彼は平然と腹をかいながら、今度は窓をがらりと開けた。六月も終わりに近づき、少し湿って蒸れた匂いがそよそよと遠慮がちに部屋に入ってくる。ううん、と啓は窓の前で伸びをした。そうして振り返る。

「眠い」



眠り猫、と言う名前は啓が高校時代からのあだ名らしいが、たぶん中学からもうそう呼ばれてたんじゃないかと、大学の友達との間では言われていた。演習でも講義でも、どんな授業でも寝ていたのが啓だった。もちろん人の家に遊びに来てもいつのまにか寝ている。啓はそういう奴で、危機感というのがまったくない。へらへらふらふらしている。

オレがゲイだと、彼に告白したときも、当たり前のようにへらへらふらふらして、こういった。

「いいじゃん、俺も天さんのこと好きだよ。好き好き。付き合ってみよっか」

かくして、ネガティブなオレとへらへらし通しの啓の交際は始まった。ついでに同棲も。



「もー、オレ眠い」
「そもそもお前が夕飯当番なのに作らなかったからだろ」
「すいません」

ファミレスにつくと少しテンションがあがったのか、車を降りて啓は足取り軽くオレの前を歩いていく。Tシャツに下はグレイのスウェットで、頭もぼさぼさ、今起きたばかりですという感じだ。対してオレは仕事帰りなのでかっちりスーツを着ている。そろそろジャケットを着なくてもいいころかな、と車の外に出て、空気の湿りを感じながら思う。昼間の日差しは刺さるようだが、夜は夜で、まだ残っている日中の温度が舐めるようだ。額に汗が少しにじんだ。

「ハンバーグステーキ定食と、苺パフェ」
「お前、寝てばっかりなのによくそんな食えるな」
「育ちざかりです。天さん何にすんの」
「あー…ぶたしゃぶ定食、ご飯大盛りで」

ウェイトレスはオレと啓を交互に見たあと、かしこまりました、ともごもご言いながら下がった。正反対みたいな格好をしているのだから、そりゃあ関係も気になるだろう。少し居心地が悪いような気がするが、目の前に座る眠そうな啓を見ているとどうでもよくなる。

「学校は。まさかお前、一日休んで南極ごっこやってたわけじゃないよな」
「違うよ。今日は一コマしかないって、時間割冷蔵庫に貼ったでしょ」
「そんなえらそうにいえる立場か」
「すいません」

全然悪びれた風でもない。



啓は今年の四月で大学六年生になった。授業で寝てばかりいるのだから当たり前だ。必修があと五つも残っているという怠慢ぶり。オレはもう社会人二年目で、気づいたら年下が入社していて、やっとそいつらの指導も落ち着いた頃だった。


ぼんやり、日々が早く過ぎていく中で、どれだけ好きなことをしながら過ごしていけるのだろう。

ハンバーグをほおばりながらも、それでも寝そうになっている啓と、同じ時間をどれだけ共有できるだろう。

実家から電話があって、母が結婚という言葉を持ち出してくるのはあと何回あるか。

男と男の恋愛。

世間体。

社会人と大学六年生。



「天さん、ちょっと、天次(たかつぐ)
「あ、何?」

いつの間にか啓の前には苺パフェがきていて、彼の顔下半分が生クリームと苺ソースの山で見えなくなっていた。オレはあまり甘いものが好きじゃないので、それを見るだけでも嫌気がさす。

「全然ご飯減ってない。オレ食べるよ」
「食べる食べる」
「なんか考えてたでしょ。しかも、ネガティブ」
「ちげーよ」
「ちがくないね。天さん、いつも目から魂出てるし」
「目から魂ってなんだよ。涙腺から出るのか、魂が」
「そうそう」

ふわ、と、一つあくびをしてから啓はパフェに手をつける。オレは冷えて少し固くなったご飯を口に運んだ。



帰り際、近くのコンビニに寄りたいからと啓が言うのでアパート近くのコンビニに寄る。

「天さんいかないの」
「疲れた」
「ふうん。わかった」

しばらくして彼はソフトクリームを二つもって車内に帰ってくる。さっき苺パフェを食べていたのに、どれだけ体中が糖分に侵されたら気が済むんだ。モノ言いたげな目をして見やると、彼は驚くことにオレにソフトクリームを一つ差し出した。

「何?」
「天さんの分」
「オレあんまり甘いの好きじゃないって知ってるだろ」
「まあ、疲れたときは甘いのでしょ」

屈託なくそれを差し出してくるので、しぶしぶ受け取って舐めてみる。牛乳なのか、練乳なのか、人工的な甘さが口いっぱいに広がるが、久しぶりに甘いものを食べたのでそんなに不快な気分にはならなかった。が、やはり甘い。一口一口、口腔で完全に溶けるのを待って、また舐める。しばらく無言で食べていると、啓はふと言った。

「今日、テレビでさ」
「うん?」
「昔人間は、二人で一体だったって話を聞いた」
「うん」



男と男、女と女、男と女。人間は昔三種類いた。
三種類の人間は今の人間よりも強く、傲慢で、神をも自分たちの下におこうとしたが神は怒り、人間を真っ二つに分けてしまった。


「人が人を愛するのは、それが男でも女でも、失われた完全性への志向性なんだって。愛ってえらく前向きだと思わない?」

彼の、ソフトクリームを食べるスピードは速く、もしかしたらオレが遅いのかもしれないが、とにかく下のコーンまでたどり着いた啓はばりばりと戸惑うことなくコーンを噛み砕き、そしてクズを口の周りからぽろぽろ落としながら笑って言う。
彼はいつも、何かをオレに諭そうとするときこんな風にたとえ話をする。今回もそうだろう。とはいえ、その話に何度救われただろう。
 


「だからさ、天さんもめずらしく前向きなとこがあるってもんじゃん。
オレさ、ちゃんと今年は卒業する。就職はわかんないけど、とにかく、オレもちゃんと社会に出るしさ。南極ごっことか、もうやんないし、さ、ね、天さんも少しは身軽に構えてよ」
「オレは―」
「天さんは、オレの心配も一気に引き受けちゃうんだもんな、何度も言ってるでしょ、オレだって天さんのことは心配なんだよ。
天さんがオレの心配してくれるように」
「でも、それじゃ問題の解決にはならない」
「それは解決できる問題なの?」
「それは…」
「解決できる問題かもしれない、けど、今は無理かもしれない。
それじゃダメなの?無理して天次が自分を苦しめる必要はない。と、オレは思うけど。
長い目で付き合っていかないといけないことだってたくさんあるって、大学六年のオレが体現してるよね」
「その問題はお前ががんばれば解決できるだろ、ばか」
 


うん、と彼は満足してコーンも食べきった。オレはやっとコーンにたどりつく。
少し泣きそうになったが、きっとオレが少しでも泣けば啓は笑って慰めてくるだろうから、きゅっとこらえた。

「オレ運転しようか」
「免許証、持ってきた?」
「ない。でもいいでしょあと300メートルもないのに」
「いいよ、あと少しで食べ終わるし」

そう言ってから、がむしゃらにめちゃくちゃに、コーンを食いきる。啓は少し驚いて、そうしてげらげらと笑った。二人ともの首元にコーンのクズがぱらぱら飛び散っている。



「そういえば、啓」

アパートの駐車場に車を止め、階段を上がる。先を歩いていた啓が立ち止まった。

「お前、テレビでさっきの話見たって言ったな」
「うん。十時ぐらいのやつ。主婦の気分になっちゃった」
「お前、それじゃ、今日一コマだけって言って、学校行ってねえだろ」

一瞬考える顔をした彼だが、次の瞬間には二段飛ばしで階段を駆け上がっていく。オレは一段飛ばしで追いかける。夜中で迷惑だとは思ったが、啓が逃げるので追いかけるしかない。一番奥が、俺たちの部屋だが、そこに行き着いた啓はがたがたとノブをひねる。が、オレが鍵を持っているので開くわけがない。

「そんなんで卒業できると思ってんのかあほ!」
「すいません!」

彼はまだ寝癖だらけの頭をぼりぼりかきながら、やっぱり悪びれる風もなく、へらりと笑った。

「もしオレも誰かともともと一体だったとしても、お前とじゃないな」
「だから運命感じるんじゃないの」

鍵を開けて先に部屋に入ると、啓はそういいながら後ろから抱き着いてくる。なんだかんだでうやむやにしようとするのが、やっぱり、啓だ。


オレにないものをもっているし、オレにあるものがない。

完全性への志向性、か。

えらく前向き。

「お前としゃべってると、なんかいろんなこと吹っ飛ぶ」
「その調子、天さんは色々考えすぎだからね」
「お前は考えなさすぎなんだよ」
「もー、しゃべんないでよ、雰囲気ぶち壊し」

部屋の隅においてあるベッドに倒れこみながら、啓は片手でクーラーのリモコンを操り電源をいれる。少し湿って生温かい部屋に、クーラーの起動音がする。

「また入れるのか、呆れる」
「どうせすぐ暑くなるんだから」
「ほざけ」

二人でけらけら笑う。

まあ、いいか、と思う。




そうして次の朝になって、出勤時刻ぎりぎりに会社に着いては、やっぱり啓の危機感のないところに感化されるのは恐ろしいと実感するのだった。


END


***

ふざけてて、ありきたりな話を書きたかったのですがもう何も言わないでやってください。
いつのまにこんなやおいサイトになったんだ…こらこら…
ちなみに人間が三種類いて、というお話は倫理学の授業で聞いたものです。

 

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