丸屋つめあわせ―夏花火 「丸屋いるー?」 暑くて蒸し暑い室内で、まるで救いの声みたいに聞こえた。うとうとしながら、凍死じゃなくて熱死っていうのもあるのかと ぼんやり思っていたときのことだ。 いつも、人の家にきて苗字で呼んだって、その家の住人はみんな同じ苗字だろうと注意しても桶川は俺の家に来ては「丸屋いるー?」と尋ねる。まあほとんど俺しかいないけど。 「お前な、いつも丸屋しかいないよここは」 一ヶ月前かそこらに、俺を自転車で轢いた張本人は花火のファミリーパックのようなものを持って笑顔で立っていた。 「花火、しよ」 「これしけってない?」 「あー…なんか一年前ぐらいのやつ?」 「おい、桶川…俺は暴発で怪我はしたくない」 「まあ…いいじゃん…花火は暴発しねえだろ?」 「さあ…あ、ついた」 花火なんて何年ぶりだろう。 母方の田舎に帰って以来だからもう五年はやっていないのかもしれない。赤、黄色、オレンジ、緑、青、白、色とりどりに変わる火花は、何年も前に忘れた何かを思い出させるみたいだ。切なくて、あたたかい。あたたかくて、切ない。 「お母さんと妹は?」 何気なく尋ねてくる桶川は、一気に三本つけた花火をじっと見つめている。彼にとってそんな質問なんて、どうってことないことなんだろう。 「…母方の田舎に帰ってる。唯一の娯楽なんだ」 「へーえ。どこにあんの?」 「山奥」 「どこだよ」 笑うと花火がぶれて、右に左にと火花が散る。その光の尾を目にやきつけたいと思う。 それからしばらくくだらない話をした。 俺はあまり話すのが好きじゃない、というか苦手だから桶川が話すのを聞くのが心地いい。彼の声は高くもなく低くもない。だから、いい。 話がつきたころに、桶川は口で効果音をつけながら線香花火を取り出した。 「やっぱさー、線香花火でしょ、え?」 何がそんなに嬉しいのか、とはいえ締めは線香花火という気がする。ああ、と適当に頷いてからライターで火をつける。 消えたように見えてしっかりついている火が、じわじわと花になる。 ぱちぱちと勢いをましていくそれが、たまらなく愛おしく思えた。 「丸屋さ」 「うん?」 やはり相変わらず花火に目をとられている桶川が口を開いた。 「なんかあったらさ、まあ俺じゃなくてもいいから、誰でもいいから言えよ。けっこう芝浦とか面倒見のいい先生だとは思うしさあ」 不意のことですぐには返せない。 花火に照らされる彼の顔は、淡く、オレンジ色に染まっていた。ああ、とため息がでる。俺は、たぶん、どうしようもないことを、思ってる。 嬉しいんだ、たまらなく。 気づかないうちに、俺の持っていた線香花火の火玉がぽとりと落ちた。 「あー、丸屋の落ちた」 「どうってことねーよ」 「情緒ねえなあ、こういうのって自分ルールつくらなかったか?」 そうしてまた、くだらない話が始まる。 桶川は知らない。 俺がどんなに彼といることや彼の言葉や彼の一つ一つのしぐさに励まされていて、支えにしていたなんてことを。 けれど、俺は忘れない。 花火の尾が長く綺麗に残ることや、あの火玉が落ちたときの少しの落胆。 そうして、お前の言葉の一字一句。 俺の、夏。 END *** 「丸屋」の番外編その1です。拍手にのせていたものでした。 補習が始まる〜丸屋が熱を出す、ぐらいの話だとおもってゆるく読んでください…ゆるく… |