雪溶けて、春


しんしんと凍るような寒さが窓ガラスを伝わってくる。室内にいても、背中から忍び寄る冬の空気は体の芯を冷やしていくようだった。遠くで、地響きに似た音が連続で起こる。どどどど、と響くたびに木造の平屋である家がかすかに揺れるようでもあった。(まこと)は寒さのせいできゅっと身を縮めたが、彼の前に座る梶浦(かじうら)は音に驚いて肩をすくめた。もう何度目だろうか。こたつに入り、二人向かい合っていても無言だ。テレビはニュースとバラエティの中間みたいな番組を垂れ流し、ストーブの上のやかんがひゅーひゅー過呼吸気味ではある。

この空間が気まずくない、といえるほど大人ではないのでここを立ち去りたいが、することもなく、不本意だが黙ったまま自分がここを後にすると、梶浦に不快な思いをさせないかと考えてしまうと立ち上がれない。そこまで子どもではないんだな、と洵はあったかいのかあったかくないのかよくわからないこたつの中で、手をすり合わせる。
今度は洵の背後、中庭の方でひときわ大きな音がする。梶浦がまたびくりと肩を上げた。洵はうんざりしながら後ろを向く。障子の下のガラスから縁側が見え、その向こうには大きな窓があり、さらにその向こうには小さな庭があるが、そこに雪が山積りになっていた。視線を正面の梶浦に戻すと目が合う。彼は眼鏡の奥に優しい瞳をたたえて、洵を見ていた。依然肩は上がったままだが。

「昨日降った雪が落ちてるんだ。いちいち驚いて疲れない?」
「僕が住んでるとこはここほど降らないから―」

会話を遮るように今度は玄関の方から音がする。確かに予想外で最初の方は何事かと驚くが、一度わかってしまえばどうってことない。

冬になれば粉雪ぐらいはちらつくこの辺りは、五年か三年か隔年か、とにかく大雪になることがある。昨日はぼたん雪が朝降って、昼過ぎには止んだもののかなり積もった。夕方からは冷え込んだので溶けなかった雪が、朝の光をあびてジワジワと溶けていき水へと変化した雪は、その水に滑って屋根から下に落ちていく。そんなことわかりきっているのに、洵の目の前に座る梶浦は音がするたびにいちいち驚くのだった。洵が嫌悪をかくさずにイライラしてにらむが、当の梶浦はもともとそういう目なのだろう、優しく微笑んでいるように見える目を洵にむけるだけだ。
とはいえ、少し今の物言いはぶっきらぼうすぎたか、と洵は若干の罪悪感にかられる、が、謝る気もない。こたつの真ん中にあるテレビのリモコンをたぐりよせてニュースに変えた。姉がいるはずの北海道も昨日は大雪でほとんどの航空便が運行を停止していたが、動き始めたということだった。早く帰って来い、とはがゆい。

(あい)さん、夜には着くかな」
「たぶん」

一言だけ残し、立ち上がった洵はやかんに手を伸ばす。ストーブから持ち上げると過呼吸がやんでおとなしくなった。そのまま隣の台所に移動してポットに移し変える。気配を感じで振り向くと梶浦が立っていた。背丈は少し洵の方が大きい。

「何?」
「いや、コーヒーいれようかと思ったんだけど、洵くんも飲む?」
「いい、俺いれるし。梶浦さんは座っといて。一応お客さんだし」

うん、と頷いたものの梶浦はそこにたって洵の行動を見守っている。早く帰ってこない姉がただただいらだたしい。



姉の婚約者である梶浦が初めてこの家にやってきたのは、三年前の春だった。洵が高校二年のときだ。そのときはまだ姉は実家に住んでいて、洵も玄関に入るときに背をかがめなくても入れた。
初めて見たときから、あまりそりが合わないような気がしていた。眼鏡の奥の優しい瞳が、好きじゃなかった。自分はあんな風にならないし、なりたくもない、とも洵は思った。姉は、

「ね、洵、いい人でしょ、基樹(もとき)って。最初はね―」

と、馴れ初めを語ろうとしてくるのでそれから逃げるのに必死だった。


それからは夏や冬の、長期の休みが取れる時期になると三日ほど、梶浦は洵の家に泊まる様になった。去年の秋に姉は転勤で北海道に飛ばされてしまい、本当は昨日帰ってくるはずだったのが雪のため今日になり、昨日きてしまった梶浦は姉がいないまま一泊した。

洵の両親は梶浦を気に入っており、母親は昨日の夕食でもやんわり断る梶浦にずっと酒と料理を勧めていた。あんなに姉に彼氏がいることにすねて怒っていた父親も、梶浦に会って話をすると嬉々として娘をやる、などと笑って言っていた。 おそらく、梶浦をあまり好きではないのは洵だけなのだろう。

嫌いというわけではないし。だが、どうもなじめない感じがするのだ。




「入ったよ」
「ありがと」

梶浦がその場に立ったままなので、居間に戻るのもなんだか行きづらくなり、台所のダイニングテーブルにコーヒーをおいた。そっと彼の様子をうかがう洵だったが、梶浦がその場で立って飲み始めたのでいよいよ気まずいと思いつつ、自分も立ったままでコーヒーをすする。
朝の台所は窓から日が差し込んでいて、大していつもと変わらないのにすっきりとして見える。冬休みの間、昼ごろまで寝ていて起きてご飯を食べ、どこかに出かけて遅くに帰ってきて夕食を食べる、という生活が続いていただけになにか新鮮だった。昨日は雪が降ったからどこにもでかけず、規則正しい時間に夕食を食べ―そのせいで梶浦と顔を合わせてしまった―規則正しい時間に眠った―そのせいで朝から梶浦と一緒にコーヒーを飲んでいる。

どどど、と、今度は流しの窓の向こう側で雪が落ちた。梶浦が肩をあげる。

「あのさ」

息を吸う。朝のすんだ空気のはずなのに、口の中に入ってきた空気が少し苦い気がした。

「あのさ梶浦さん、いい加減なれてよ。いちいち驚かないで。それに、俺のこと窺ってるみたいなの、勘違いじゃないなら、やめてよ。言いたいことあるなら言えばいいじゃん」

八つ当たりか、何なのか、自分が何に対してこんなにイラついているのかよくわからなくなりながら、洵は音をたててカップをテーブルに置いた。梶浦が相変わらず優しい目で、しかし当然驚いた顔で洵を見つめている。

「言われた」
「は?」
「やっと言ってくれた」

ぽつりと言った梶浦は自分のその言葉が面白かったのか、確かめるように何度か繰り返し言ってから大きな声をあげて笑った。腹をかかえて目尻に涙さえ浮かべている。あー、とひとしきり笑った後に梶浦はため息をついた。何がおもしろかったのか洵にはよくわからなかったが、わからないからこそ気分が悪い。あからさまに眉間にしわを寄せて梶浦を見つめた。彼は眼鏡をとり、涙をぬぐっている。

「ごめん、ごめん。いや、本当、洵くんは逢さんのことすごく大切に思ってるんだね」
「は、何を―」
「ずっと思ってたんだ。洵くんとなんか気まずいなあって。だからね洵くんが僕に怒ってくれたらそれが一番手っ取り早いかなって思っていたんだけど。逢さんにもよく怒られるんだけど、人のこと窺ってるんじゃないのって。直せたらとは思うんだけど、どうもね。ほら、けどなんだろう。洵くんも、いえてよかったでしょ?」

何を言ってるんだろうこいつ、と思うが、顔が火照って熱い。梶浦は笑いながらまだ続ける。

「そうだね、まだちょっと慣れてないところもある。けどね、臆病だけど、君の姉さんをちゃんと大事にしていきたいと思ってる。だから、洵くん、お願いがあるんだ」

眼鏡をかけなおし、梶浦がまじめな顔になる。ああたぶん、姉はこんな彼に惚れたのだろう。友人にはいないタイプだがしかし、いたらいやだ。こんなにもしっかりと年を重ねた大人はきっと、自分の大学の友人にも今まで出会ってきた大人にもいないだろう。恥ずかしいことをしっかりと言える、こうして自分の無礼を笑い流す、ばかみたいな大人は。

「君のお姉さんを、逢さんを、僕にください」
「し、知らない。勝手にすりゃあいいよ」

コーヒーをぐっと飲み干し、シンクにカップを置くとこたつの部屋へいそいで戻った。どど、と庭で雪が落ちる。思わず洵は肩を持ち上げた。お腹の筋肉が、恥ずかしさと照れくささと、なんだかわからないごちゃまぜの感情のせいでヒクヒクする。梶浦が笑いながら戻ってきた。こたつは依然として温かくはない。だが、そんなことどうでもよかった。向かい側に座る梶浦は、もう雪が落ちてきても驚いて肩をあげることはしない。

昼過ぎには買い物から父親と母親が帰ってきて、夕方には空港からやってきた姉が合流して家の中は随分とにぎやかになった。雪もほとんど屋根から落ちて、溶けた。洵はあーだこーだと話している父親と母親、姉、そして梶浦から離れるように縁側に出て庭の様子を見てみる。雪が溶けてできた水溜りと、半分だけとけているみぞれ状態の雪と、屋根から落ちて変に積もったままの雪が、冬の淡い夕陽をうけてキラキラと輝いていた。変にすがすがしい気持ちになる。春だな、とも思った。

持っていた携帯が震え、ディスプレイには友人の名前が出ていたがそれには答えず、今日の夕飯は家で、みんなで食べようとなんとなく思った。

END

***

え、梶浦さんき!も!い!
もしかしたらそのうち消えると思います^^

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