うみのまち ぬるりとした空気が、私を包み込んだ。動きにくい。 湿気を多分に含んだ空気は、気持ちさえも重くする。 泣きたくなって空を見上げた。 白に少しの黒を混ぜたような薄いねずみ色だった。 まるでここが、海の底にあるどこかの町みたいで 沈んでしまった私は、もう死んでいるのかもしれなくて でもこうして 彼のことや 彼女のことを考えるたびに 痛くなる胸は 愛しく思う気持ちは まるで生きていて ぬるく温まったアスファルトに触れながら、私は一人泣いた。 *** 夏にビール、君には僕を 「だっりー」 「えりさん、ダメだよそんな」 「うっせーひでおのくせに」 「意味わかんないでしょ」 えりさんは家にかえってきて早々服を脱ぎ捨てて キャミソールとパンツだけになってソファに寝転び 堂々とビールを飲んだ。 そんなに暑いのならクーラーを入れればいいのに 彼女はガンとして僕の言うことは聞いてくれない。 この暑い中、ビールを飲むのが最高だというのだ。 「ひでお今日何してた」 「学校行って、あとはバイト」 「おお、大学生100点だね」 「えりさんは」 「あたしはセクハラに耐えてきました」 そう胃ってもう一本ビールをあける。 えりさん、僕まだ高校生だけど、と思いつつも言わない。 えりさんが気持ちよく酔っているんだから邪魔はしない。 「えりさん」 「何よ」 「僕、時間かかるけどさ」 「うん」 「ちゃんと働いて稼いだらさ」 「うん」 「結婚してね」 えりさんは何も言わず、少し悲しそうな顔で笑ったけど それからぐいっと男らしくビールを飲み干すとゲラゲラ笑った。 「子どもが『僕』って言い出したらやだなー」 茶化すので無理やり口付けたら、またゲラゲラ笑われた。 「えりさんビールくさい」 「ガキー」 「ガキでもいいから相手してよ」 「あ、今のキュンときた」 やっぱりえりさんにはかなわない。 頭を優しくなでられて、僕はそれで随分気持ちよくなる。 *** pool side 塩素の匂い。 水色の海。 それが俺の世界。 ピストル音と一緒に水に飛び込んだ。 伸ばした指先から、無音の世界へ。 光が乱反射する水中で、俺は自由になる。 するすると、抵抗も感じない。 ただ前に進むことだけを考える。 水と一体になることだけが全て。 周りの水しぶきも、息継ぎの自分の鼓動も すべてどこか遠くにある。 400mの自由はすぐに終わってしまう。 「1コース、斉藤君優勝!」 そんなことはどうでもいい。 歓声も、賞賛も、そんなことはどうでもいんだ。 ただ、あの水色の空間で死ねたら。 更衣室でシャワーを浴び、ジャージに着替えると 瞳がタオルをもってすっと寄ってきた。 「おめでとう」 「そんなこと思ってないくせに」 そう言うと、彼女は笑顔をすぐに引っ込めた。 切れ長の目で俺を見ている。 「残念だったね」 「ごもっとも。死ねたらよかった」 「バカね」 彼女は知ってる。 俺がプールでいつも死にたいと思っていること。 そして自分がそれを止められないこと。 じわじわと、蝉が鳴いている。 またプールの方でピストル音が響いた。