ライン 暗闇の中で青白く浮き上がる、液晶画面。 君からのメールを何度も何度も問い合わせては、待っている。 本当は電話ができたらよいのだろうけれど、中々通話ボタンが押せない。 5分、10分、7分。 君からの返信の間隔はまばらで、気ままな性格を表しているみたいだ。 快活な笑顔、かすれた声、均等のとれた体。 君を好む男は、多い。 それが友情であればたやすく叶うが、恋愛となれば実らない。 君には想い人がいるからだ。 そのことは俺しか知らないヒミツ。 悲しい共犯者になるために、俺は自分の恋を捨てた。 大げさなんかじゃない、本当に、捨てた。 いつもとなりにいる男が、君の好きな男というわけじゃない。 だけどいつも、隣にいれば、君を好きにならない男はいない。 不意に画面表示が変わり、通話ボタンを押した。 君の、かすれた、声。 「今?ああ、大丈夫だよ」 また、君の事しか考えない夜がやってくる。 *** 乾いた愛 ガサガサの唇から血がでているのか、ぺロリと舌で嘗めると鉄の味がする。 ポケットからリップクリームを取り出して、 執拗に塗りたくった。 すっとして、微かにしみる。 痛みは苦手で、思わず顔をしかめていたときにドアが開いた。 「ホヅミせんせ、転んだんすけどー」 「唾つけとけば、治るだろいちいちくんな」 「考え方古いって。今日日はマキロンっしょ」 大怪我でもないのに、一日一回は保健室にやってくるシマヅは、 勝手知ったる様子で、手早く消毒を済ませた。 親指の爪ほどの大きさのかすり傷が、肘にあった。 黒い学ランも白く汚れていて、背中には足跡もついてる。 「お前、こけたんじゃないだろ」 シマヅは一瞬顔をこわばらせたが、へへへ、と意地の悪い笑みを浮かべた。 イジメ、という無機質な三文字がのどまで出かけていたが、飲み込んだ。 慰め、などこいつが必要としていても、俺にはそんな優しさ、持ち合わせていない。 「お前みたいな、姑息なガキが世の中駄目にしてんだ」 「なんだよ、せんせいだて俺の噂話好きだろ」 「なあ、シマヅ、お前さあ―」 彼はじっと床を見つめている。 そして、自嘲気味に言葉をこぼした。 「わかってるっての。この性格が、ってことぐらい」 俺は何も言わず、とくにかける言葉も見つからないから、またリップを塗った。 しばらく黙っていたら気分も晴れたのか、シマヅはスキップしながら 奥に三つ並ぶベッドのうち、真ん中のベッドにダイブした。 俯いたままの彼から聞こえる声は、もちろんくぐもっているが妙にはっきり聞こえる。 「あのアパートの、ちょーこっえぇ銀髪男と茶髪の女みたいな男、 やっぱできてるって話。窓際でちゅーとかしてんの、結構見えるってさ。 せんせ、俺、5・6限は腹痛ってことでパース」 思わず大声で笑ってしまい、シマヅは何事かと起き上がったが、俺の笑いは収まらなかった。 「な、シマヅ」 「なんだよ」 「人間の愛なんて、所詮体だけだぜ。お前も今はそうかもしんねえけどさ。 ま、お前の愛の道具なんてそれ一つしかねんだから、大切にしとけよ」 「意味わかんねえ」 シマヅはもごもごといいながら、布団にもぐりこんだ。 *** コバルトブルー 「エイタ、また絵の具無駄遣いしたでしょう」 後ろから話かけられて、僕は筆を運ぶ腕をとめた。 目の前には真っ青に塗られたキャンバスがどん、と構えていた。 「あ、またやっちゃった」 「何それ。何回目よ」 みぎわは、ニコニコしながら僕の肩に手をかけて、後ろからキャンバスを覗き込んだ。 ふわり、と微かな塩素の香り。ぬれた髪が、頬に当たった。 「あ、今日プール入ったの」 「あ、そうよ」 僕の口調を真似て、みぎわは愉快そうに笑った。 汗ばんだ頬に、彼女のひんやりとした頬が当たる。 「ねえ、溺れたときもこんなに真っ青だったの」 「真っ青っていうよりも、真っ暗だったかなあ」 そう答えると、みぎわはやっぱりケタケタと笑った。 本当は僕だって、彼女と同じ水泳部だったのに、去年の夏にプールで溺れて以来、 それがトラウマになって、泳げなくなってしまった。 いまじゃ、風呂以外で水につかるのが怖くてたまらないのだった。 「私ね、エイタのフォーム大好きだったのにな。惜しいなあ」 「下手の横好きかな」 「そんなことないよ」 僕はコバルトブルー一色に塗ってしまったキャンバスを片付けた。 絵を描くのは好きだったから、美術部に移籍したのだけど、 どうもあの溺れた一件が根強くイメージに残っていて、絵を描き始めると キャンバスを塗りつぶしてしまうようになってしまったのだった。 みぎわは窓にもたれかかり、外からはいる真夏の風を受けている。 気持ちが良さそうに目を瞑っていた。 じわじわ鳴く蝉、いらだつほど暑い温度、むせる油絵の具の匂い。 みぎわが纏う、夏用の白いセーラー服がふわりと風に踊る。 「みぎわ」 「何?」 「今日、紺色」 「何が」 「ブラジャー」 「・・・最低!」 狭い室内なのに、みぎわは駆けるようにこっちにやってきた。 その姿は、まるで泳ぐみたいになめらかだった。 あれよあれよと、彼女に押し倒される格好になる。 「許さない」 「ごめん。でも風のイタズラでしょ」 「何、うまいこと言おうとして」 「そんなことないよ。あ、でも、こうやってしたから見てると、みぎわって」 彼女の顔が近づく。 そっと耳元に舌打ち。 しばらく間があったものの、みぎわは声をあげて笑った。 「ほめたって許さないからね」 それでも僕らは、少し塩素の味するキスをした。 そう、まるで人魚みたいな彼女と。