冬はあったかい 顔が冷えて、目がさめた。 しんとした空気が私の皮膚を静かに冷やしているのがわかる。 冷蔵庫に顔をいれたみたいな、そういう寒さじゃなくて、きれいな寒さ。 首から下、布団に入っている部分はあったかいけれど、やっぱり寒い。 隣でこっち向きに寝ている彼の寝息が、心地よいぐらい深い。 顔冷えて寒くないのかな、と思いながら彼の頬に触れた。 やっぱり冷たい。 「あ、」 彼が目をさます。 私は比較的に寝起きがいいけれど、彼はなかなか朝が苦手だ。 目は開いているけれど、細くて細くてすぐにも寝てしまいそう。 「おは、よ」 「・・・おはよう・・・目、冷めたの?」 「うん、顔が寒くて」 彼はふわ、とあくびをした。 そしてゆっくりと布団から腕を伸ばし、私の頬に触れた。 温かくて、温かくて、眠っているときに見ていた夢が まるで伝わってくるんじゃないかっていう、 あの眠いとき独特の温度が私の冷えたほおに伝わってくる。 「あったかい、の、おすそわ」 いいかけて彼は寝てしまった。 話しながら寝るなんてまるでマンガみたいだな、と思って笑える。 ああ、でも 彼の手のひらの温度は 私の頬の失った分の温度を 取り戻してくれるみたいで この寒さがなければ、この温度には気づけなかった。 そうか。 冬は、あったかい。 *** Cold Silent テレビを消すと、おもちゃみたいにぷつん、と音がして暗転。 この部屋はたちまち静かになって、何の音もしなくなる。 アタシはうるさいのが嫌い。 だからテレビも嫌い。 音楽もあんまり聴かない。 おしゃべりをするのも好きじゃない。 だけど、たった一つ、聞きたいと思うものがある。 しんとした、冬の空気の音。 エアコンもきって、ドアも締め切って、大きな窓辺に寄る。 窓から冷気が伝わってくるのを肌で感じる。 隙間風でもなくて、ただ、冷気が窓からやってくる。 カーテンを閉めていてもその冷気は器用にすり抜けてきて。 だけど、しんと冷えた空気は 部屋にやってくるときに音をたてている、と思う。 きれいなきれいな、何かの音を。 しんしんと。 そう、雪が降るときだってきっと音がしてる。 聞こえないけど、聞こえる音。 忍び込んでくる冷気はまるで じわじわと近づいてくる死の恐怖にも似ているし 生まれた瞬間の、あの何も知らない無垢な気持ちにも似ている。 私は今日も、冷たい窓ガラスに手を這わせて 遠くを思いやる。 *** 月光少年 心臓破りの坂、といわれる坂がある。 僕の家はこの街のどこよりも高台にあって、 その坂を下ると街に続いている。そういう、坂だ。 深夜三時、親に見つからないように僕は家を出た。 バックパックにはブランケット、ほんのちょっとの食べ物 昨日下ろしてきたささやかな全財産が入ってる。 いるものはもっとあったのかもしれないが、必要最低限にしたかった。 一年前に買ってもらった六速式の自転車にまたがり、坂を下り始める。 こがないでも十分なスピードはでるものの、僕はあえてゆっくりペダルをこいだ。 冷たい風が僕の頬を切りつけていくみたいだ。 だけど、気持ちがいい。 自然と垂れる鼻水をずる、と吸い上げると頬の痣が痛んだ。 昨日は頬を殴られた。 一昨日は腹を蹴られた。 そういう毎日に、僕はうんざりした。 それだけが理由じゃないが、それも一つの理由として僕は家を、この街を、出る。 スピードがどんどんあがっていく。 風が僕を襲う。 だけど、それにははむかわない。 まるで僕は風になれるみたいで、うれしくなって、切なくなって 感情が高ぶったのか、お腹の底がきゅっとなって 蹴られたところがちょっとうずいた。 だけど、僕は、もう、自由になる。 坂から見る街は、キラキラ輝いていて、幾万もの星みたいで まさかそんな気持ちのよい感情だけがあるわけじゃない街なのに 夜の冷気の中の街は、キラキラ、キラキラ、輝いてる。 ずっと、輝いてる。 inserted by FC2 system