2008 January〜March 3/26 大好きだったんだ 「めぐむ!」 部屋に入るとすぐにベッドに座っためぐむと目があった。 最後に会ったあの夜から、大して変わらないように見える。 アユマがため息をつくと、隣でマコもため息をついたようだった。 「なんだよ、元気じゃねえかよ」 アユマがめぐむの隣に座る。目が合うが、彼女は何も言ってこない。 マコが怪訝そうに眉間に皺をよせたが、めぐむは笑顔をつくってマコをみた。 「マコの彼氏さん?隅におけないねえ」 そしてアユマに向かって言う。 「初めましてこんにちは。どうして二人そろってきたの?」 マコがその場に崩れ落ちる。鳴咽がもれた。アユマの目からも涙が落ちる。 「どうしたの?二人とも、どうしたの?」 その純粋な言葉が1番、心に突き刺さる。痛い。痛い。 こんなに好きなのに。 愛してるのに。 「俺は、俺はな…」 めぐむが、ティッシュを差し出してくる。 喉が詰まってうまくことばがでないが、アユマは声をしぼった。 「お前のことが、大好きだったんだ…」 それでもその呟きは、消えていく。 3/22 まるで 「なんだよそれ」 口から出た声はまるで老人のしわがれた声だった。俺じゃないみたいな声。 何もわからない、と零すにはあまりにも皮肉すぎる。 だけど俺には、実際なにもかもがわからなかった。 生きる意味も、死ぬ意義も、目の前の女を責める理由も、他の女を愛する方法も。 結局俺はいつか死に、俺を知る人がいなくなれば忘れ去られ、死んだ人の一部になる。 ただそれだけなのに、なぜ俺はこうも生きることに執着する? 彼女は喚くし、部屋は散らかる。 それなのに俺は冷静な顔をしてレッドツェッペリンなんか聞いてゲーテなんか読んで。 投げ掛けた問いは彼女に対してなのか、自分に対してなのかすらもわからないが。 とにかくその一言で彼女は呆然としたので、俺はボリュームをあげた。 3/21 優しいね 「優しいの、あの人は」 貴女はそう言ったのに。 まるで木蓮の花びらみたいに美しく、儚い貴女は言ったのに。 青紫色の痣を作っては、貴女は言う。僕にはよくわからなかった。 なのに彼は青い顔をして、貴女の血を全身にうけているではないか。まさかそんな。 取り落としたナイフが、安っぽい金属音を奏でながら床に落ちた。 まるで喜劇だ。 「彼女は、恐ろしい。彼女は恐ろしい」 彼は何度も唱えていた。 貴女が優しいと言って、貴女に暴力を奮っていた彼は、貴女を恐ろしいと言った。 3/20 爆ぜた 雷が落ちたかのような轟きと、稲光が二人の手の狭間で走った。 「…無理だ」 タスティアは力無く笑う。悲しすぎる微笑みであった。 川の濁流は、底無しの闇のようですぐにでも彼女を掠っていきそうだ。 川底に突き立てた、シャラディンの剣がぐらりと大きく傾いだ。 「何言ってる、タスティア、手をだせ!」 「見ろ、シャン。光と影は決して触れることはできない」 呑まれる寸前であるというのに、タスティアは掌をシャラディンに見せた。 赤くやけ爛れ、黒くのたうちまわる蛇のような痣が腕に伸びていた。 シャラディンの腕も同じだろう。 「そんなことはない、そんなのただの古い言い伝えでしかない! 俺とお前は―」 「物分かりの悪いことを言うな。追っ手も迫って来ているというのに」 かすかに、双方の名前を呼ぶ声が聞こえる。 「生きろ」 タスティアは、手を離した。 3/18 これが俺の彼女。 メールを送っても絶対に返事は返ってこないし、電話だって絶対出ない。 デートに行きたいなら約束よりまず動け。 君と付き合う上で最も大切なことだ。 君の家近くまで来たときに、もう一度電話をかけるけど、もちろん出ない。 玄関に立ち、チャイムを押しても出ないから、 といって引き下がる俺でもない。 というかこんなこと毎度のこと。 裏に回ると、リビングの大きな窓がある。 ガタガタと上下に揺すると、鍵は簡単に開いた。 取り替えた方がいいと何度も言うのに、君の家族は誰も頓着しない。 こっそり中に入って、二階へと続く階段を上がった。上がってすぐが君の部屋。 ノックをすると、眠そうな不機嫌そうな声が返ってきた。 「あれ、小山内規雄くん」 「メールも電話もした」 「携帯どっかいっちゃったな、面倒臭いし」 「恵美、俺がここまでどんな思いをしながら来てるかわかってるか?」 しばらく考え込んだ彼女は、答がわかったのかぱっと明るい顔をした。 「面倒臭い」 「それはお前だけだ」 恵美はケタケタ笑った。 3/18 さよならの意味を君は聞く さよならの意味を君は聞くけれど、外は雨が泣いている。 さよならの意味を僕は考えたけど、外は雲が怒ってる。 君は笑い、僕も笑い、壊れた出窓は静かに、静かに、静かに。 ねえ、もうわがまま言わないから。 ねえ、もうさよなら言わないから。 だから、そんな悲しいことなんか聞かないで。笑ってみせてよ。 3/12 夕暮れの中は きょうはおじさんとあそびました。 こうえんで、ゆりちゃんとさこちゃんとぶらんこにのってたらおじさんがきて わたしのなまえをよぶのでいってみたらおじさんはわらっていました。 おじさんだれですか、ときいたけどおじさんはひどいな、とやっぱりわらいました。 あごにひげがはえていて、たいいくのみやもとせんせいみたいでした。 おれ、まださんじゅうじゃねえしな、といっていました。 ゆりちゃんとさこちゃんはピアノがあるからってさきにかえったから わたしはおじさんといっしょにブランコにのりました。 おじさんは、わたしのママがやさしいかとかパパはいいひとかとかききました。 やさしいよ、とこたえるとうれしそうにわらったけれど、おじさんはないていました。 どうしたの、ときくとおじさんは ゆうぐれのなかはな、さびしくなるんだよ、 とおじさんはいってこうえんからでていきました。やっぱりないていました。 小さなころの日記がでてきて私は目を細めた。 じわりと涙がにじんできて、きっとあのおじさんみたいな顔をしているだろう。 おとうさん。 お父さん。 本当のお父さん。 夕暮れの中で泣いたお父さん。 3/10 彼は 肥後くんの鼻は擦りむけて、痛々しく血が流れ始めていた。それなのに彼は。 長い足を折り畳んで、しなやかな体を何度も動かして。 「ごめんなさい、ごめんなさい」 私に謝り続ける。 止めても、壊れてしまった人形みたいに彼はずっと土下座していた。 そのうちに額も擦りむけてきて、私はあまりの酷さに涙を流した。 「お願い、やめて」 「ごめんなさい、ごめんなさい」 彼も涙を流しながら謝っていた。 どうしていいのか分からずに、私たちは何時間も同じ言葉を繰り返した。 3/9 フルメイク 大きなカモメが、その鋭い口紅で弱ったペンギンを突き刺した。 紅、というよりも嘘みたいに鮮やかショッキングピンクに波がそまる。 肉を啄まれるたび、ペンギンの赤ピンクの体液はだらだら流れ出した。 私はテレビ画面から、鏡へと視線を戻した。 だらし無く口元が笑っていた。 馬鹿だな、と思ったし少し自分にかぶっても見えた。 つまり私は馬鹿で可哀相なのだということだ。死ねないペンギン。 痛みにいつまでももがくのだと思うと、鳥肌が立った。 アイシャドーを塗り、眉を描き、チークを塗ってグロスをたっぷり。 首と鎖骨あたりにはラメ入りのファンデーションを少しはたいた。 ふと、ファンデーションで覆われた肌が白く、唇が赤ピンクに見えた。 ペンギンから流れる血にも、 カモメの羽毛についた血にも、 どちらにも見えた。 どうせならペンギンについたペンギンの血がよかったけど。 鏡が床に落ちて、割れた。 3/7 しあわせのかたち 何でこの口はこうも無駄なことばかり口走るのだろう。 緊張のせいで饒舌になるなんて、君に会うまで知らなかった。 「大丈夫ですか?少し落ち着いたらいいとおもいます」 「すまない」 律儀に心配してくれる君は、笑いながらカップを差し出した。 中には君がつくってくれた甘いミルクティーが入っている。 砂糖など、もう何年もいれたりしてないしそもそも紅茶自体が飲まない。 一口飲むと、目一杯の甘さとそれ以上に温かさが広がった。君がいるからだ。 俺は自然と微笑み、君もやはり微笑んだ。 3/6 泣かないでグッバイ 「ほんと…うは……しにたくなんか、ない…」 彼女はベッドの上で崩れた。 涙も鼻水も一緒くたにした水分が、彼女の顔を濡らしベッドを濡らす。 「死ぬのはこわい…わすれ…られる…なんて…」 鳴咽は次第に嘔吐に変わり、今度は黄色い液体が、ベッドを染めた。 あわてて彼女を支えようとするが、彼女は拒絶して手を振り払った。 「…わた、しは…こうやって…生きてたのに… こんな苦しみにたえたのに…忘れる…の?…忘れ、るの…?」 俺は何と答えるべきなのか、何もわからなかった。 3/5 嘘は失せろ 「な………に…それ?」 あたしは自分の耳を疑いましたよ。穴が詰まってんじゃないかって。 あんたの声は泣きたくなるほど正確に聞こえてて、つかもう泣いてますけど。 「結局好きじゃなかったってことでしょ?」 「違う…」 「違くない!」 プーさんのぬいぐるみ、ミッキーのキーホルダー、 キティちゃんのティッシュカバー、スヌーピーのクッション とにかく何もかもを投げ付けた。 ばかばかばかばか バカヤロウ! 「意味わかんないここから出てってよ!」 「出てくよ…」 なんであんたが落ち込んでんだ!? 泣きたいのはこっちだばか!つかもはや泣いてんだよ! 鏡に映ったあたしは涙と鼻水でぐしゃぐしゃ、化け物みたい。 こんな顔のあたしをあいつは好きって言ったわけ? 嘘つき野郎はさっさと失せろ! *** やくそく 「そんな約束、できないよ」 貴方が言った言葉は、静かに流れた。 最初で最後の拒絶の言葉。 私は何と言っていいかわからなくて、テーブルの上で組んだ指を見つめた。 ごめん、と消え入りそうな声で貴方は言い、立ち上がって出て行った。 それから五十年、今、私の手元には懐かしい貴方の字が並んでいる。 「約束を守れなくてすまない。やはり死ぬことは免れられない。 君を愛するには生きていなければいけないが… だが死んでからも君を愛している」 なんてバカな人。 −死ぬまで私を愛してくれる? 3/2 銀色の 「ヒサちゃん」 名前を呼ぶと、青緑色の水面からぽかりと頭が出た。 なんだか片栗粉を入れたみたいにとろみがついている。 それなのにヒサの体の鱗だけはきらきらと銀色に輝いていた。 「ご飯、できたよ」 「最近あまりお腹空いてないし、こうやってさぁ、」 そう言いながらヒサは池の水をがぼりと口いっぱいにふくんで、しばらくしてから 大きくなった水掻きのある両手を受け皿にして、そこに水を吐き出した。 彼の掌には、綺麗にろ過された水がたまり、溢れた。 ヒサは口に残っていた何かを、ごくりと飲み込んだ。 「池の微生物飲み込んでんだ」 「そうなの」 「うん」 首にある鰓がひくひく動いた。 脇腹にある鱗がきらきらと眩しい。 ヒサが半分魚になってしまったのはいつのころだったか思い出せないが、 きっかけは裏山にある池に落ちたときからだ。 気付いたら彼は池で暮らしていた。 「何十年かかっても、この池を綺麗にしてやるんだ」 ヒサは鼻息荒く、興奮していた。 静かに瞳を閉じると、とぷんという音とともに綺麗な水になった池と やはりきらきら光る鱗がありありと浮かんだ。 2/29 傷と愛のマジカル 震えるなら殴らなきゃいいのに。 泣くぐらいなら逃げればいいぬ。 あたしもあんたもバカだね。 「あ………ごめん」 あたしの頬を直撃したあんたの拳は虚しく空で震えてる。 腰がぬけて、頬がいたくて、なにより悲しくて、あたしはそこでへなへな泣いた。 「好きなんだ、好きなんだ、だからだから」 言い訳ってわかってる。 バカだってわかってる。 でもきっと、わかってないんだ。 あたしとあんたを繋ぎとめる傷と愛のマジカル。 2/27 聞こえないフリ 全部嘘だよ、とユキヤが言う姿が容易に想像できてしまう。 僕と同じ顔でにこりと笑って、今までを全て嘘にしてしまえる力が、彼女にはある。 一枚の紙切れは、手から落ちていった。 「病気のフリなんて最低、と思った。フミヤならわかるでしょ? だけどね嘘をつかない人の嘘ほど、効力のある嘘はない。 フミヤは私に嘘をついた。だから私もフミヤに嘘をついた。 本当はね、驚くほどにシンプルな答えだったんだよ」 ミナツもタカユキも黙って僕を見つめていた。 なにか言ってやりたいのに、喉がくっついてに声など出るはずがなかった。 2/26 堆く積まれた気持ち 崩れた。 気持ちが折れた。 電話を切ったあとに、私はぼんやりと部屋の壁を見つめていた。 渇いた笑い声と、脈絡のない話。 小さなため息と、意味を問わない聞き返し。 それが全てだったのにね。 ごめんね。 小さな赤い携帯をベッドに投げ付けて、静かに泣いた。 2/23 ザ・ヘル・ブレイク・ザ・ヘル 渇いた土埃は、みずみずしさだけではなく生命そのものを搾取していくかに思われた。 そこかしこで響く呻きや歎きは、恐怖か不安か何を表すのかもわからない。 また一人、煙る大地に息絶えた。 「セアロ、もう無理よだ」 「諦めるな!」 セアロと呼ばれた青年は、腕に絡み付く女を振り払った。 そしてすぐさま抱き起こし、謝罪の言葉をもごもごと口にした。 それは彼が本当は心根の優しいことをあらわしている。 「ニタ、君が言わんとしていることは僕もわかっているよ。 状況は決して楽観視できるわけもないってことぐらい。 だけど聞いてごらん、あの声を。希望の声だよ」 砂嵐に紛れて聞こえるのは、一週間ほど前に生まれた赤ん坊の泣き声だった。 その母親は瓦礫に潰され二日前に死んだが。 ニタは涙を浮かべたが、無駄な水分はでてこない。 「セアロ、セアロ、セアロ」 一キロほど先を行っていた少年が息を荒くして戻ってきた。 彼はセアロの足元でどさりと崩れた。 舞い上がる砂で表情を確かに読み取ることはできないが、顔色は悪く見える。 「町が、あった、町が…」 「本当か」 セアロにもニタにも希望の光りが見えるかのようだった。 少年は尚も続けた。 「でも、駄目だ、駄目なんだ…」 しかしふぶく風の音で彼のか弱い声は掻き消される。 「もう話すな。それでなくてもお前には体力を使わせてる」 まだもがく少年を、セアロは手で制した。 そして後ろにつづく疎らな人の列に激をとばす。 「もう少しだ!できるだけ身を伏せて歩け!大人は子供を守り歩け!」 赤ん坊の泣き声がこだまする。 その声はこれから先の災難を予言する唯一のもののように、少年には思われた。 2/20 場所とり 私が今生きている場所。そのままの場所。何をするでもなくただ息をするだけの場所。 頼りない。 何もない。 ただ立っているだけ。 言葉並べて何になる。不可解な言葉ならべて自慰行為。 そんな自分に嫌悪感。 息苦しくなったり声がでなかったり、だけど不思議と涙はでない。 だってこれは私の中の出来事なんかじゃないからだ。 外から見つめる自分がいる。静かに向き合うともちがう、ただ見つめるだけの。 だからこの悲しさも嫌悪も苦痛も偽物なんだ。 「いつもそんなことばっか考えてんの?」 ヒデトは飽きれ顔でため息をついた。ため息つく人だって大嫌いだ。 吐き捨てると同時にひがんでる自分。いい子になる自分。 「ため息ぐらいさせろや。唯一の息抜きなんだ。 おまえみたいにパンク寸前なんか嫌だからさ、俺は」 全然わかってない、ってことに愕然としたし、 わからないよね、っていう諦念もある。 だからどうでもいい。 私でさえ掴みそこねているのに、ヒデトにも私が何ものであるかわかるはずもない。 何より外から見つめるだけの自分がいつも見つめている以上、 もう感情的になることもないだろう。 ヒデトはカップに残った冷めたコーヒーを飲み干した。 「やっぱり冷めたコーヒーはまずい。早く飲んだ方がいいよ」 そういって彼は立ち上がり、部屋からでていった。悲しくなんかない。 私は生きているのに、生きていてこうしてこの場所にいるのに。ひどすぎる。 そして見つめるだけの私は静かに見つめている。ただ見つめているだけ。 何も教えてくれないね。 本当は答えを知っているけれど、それを認めたくはないんだ。 かわいそうで愚かな私。 2/18 なみだ 苦しい、と、苦い どっちも同じ漢字を使うのはどっちも同じだからだと、今気付いた。 君を想って流す涙は息を遮り、舌を痺れさせる。 間違ってたよ、なんて言えたらどれだけマシか。 許してくれよ、なんて言えたらどれだけラクか。 なぁ君は俺を好きか? *** 景色 窓の外は夕闇、窓には私が映っててる。 鼻がつまってるからどうしようもなく口が開いてるのがだらしない。 外に広がる町並みは横一直線で、 土色の空を背景にした影絵みたいに見えなくもないけれど、 実際はそんな綺麗ではないものであることぐらい知っている。 管制塔の非常用の赤いランプだとか マンションの階段についたオレンジ色のランプだとか 私には何も関係ないんだ。 影絵のアウトラインをそっと指でなでた。窓にうっすらと指紋が伸びる。 綺麗に手入れしてフレンチネイルになっているこの爪も クリームをかさねづけしてささくれ一つないこの指も 私には何も関係ない、と思ってしまうともうくだらなく思えた。 2/16 容量オーバーの涼しいカンジ 許さないから。 彼女の目は怒りで燃えていた。不謹慎にも美しいと思ってしまうけど。 パシン、といかにも寒々しい音が響いて後からじんわりとした痛み。 ああぶたれたか。痛みは次第に熱に変わる。 こんな寒いところで平手打ちくらうなんてまぁ中々できない芸当でしょ。 寒い、というよりこの清々しさ。 彼女の涙はあたたかく、今この空間も夢のようで。 2/14 シ ン ジュ ウ めをとじて その声は静かに降り注いで、私はその通り目を閉じた。 生臭ささが鼻をつくけど、どうせあと数十分もすればおさらばだ。 死ぬってことが何なのか、死んでしまえば答えはわからないけれど。 この腹痛も 頭痛も 疲労感も 脱力感も 劣等感も 優越感も 面倒臭さも 苛立ちも 何もかもがないところ。 死ぬよ ごくらくじょうど あいべつりく おんりえど ばらばらの言葉、キモチイイ言葉。 どっかいっちゃえ イくよ イくね ばいばい *** センチメンタル 「送るよ」 「大丈夫」 貴方は少し困ったように笑った。 そんな笑顔を目の当たりにするたびに僕はいつも不安になる。 僕の気持ちは貴方に目一杯伝わっているだろうか。 こんなにも苦しくて生臭くてそれでいて愛しくて優しくて、せつない気持ち。 でもそれが貴方の重荷になってはいないか。 それをしる術は、今のところ何もない。 「また連絡するから」 「うん、まってる」 貴方の後ろ姿が雑踏に紛れ込むまでそこに立ち続けた。 姿が見えなくならないと諦められない。今日はもう終わりって。 ねえ 僕は 貴方が大好きだ 愛してる 2/9 雪落ちて どすん、と音が響くたびにマコトはびくんと肩をあげる。 アイにとってそれが腹立たしくて仕方がない。 じろりと睨みつけるものの、マコトは頓着しない。 またどすん、と音がする。 「うざいな、雪が落ちる音だよこれは」 「わかってはいるけど、馴れなくて」 馴れるもなにもわかってるならいちいち驚くな、 と言うが、その言葉の合間にも雪は落ちるから 相変わらずマコトの肩は上がったり下がったりする。 「朝まで、こんななのか?」 「当たり前だろ」 姉貴の馬鹿やろう。 苛々の矛先は自然、マコトを選んだ姉にいく。 雪が酷く、飛行機が止まっているから明朝になりそうだ と言っていた姉の声は少し嬉しそうだった。 生意気な弟と次期夫が打ち解けるチャンスだと思っているのだろう。 アイにとってみれば、ただの迷惑だ。 目の前の黒縁眼鏡の男は頼りないにも程があるだろう。 選別するような目でじっと見る。 「なあ、アイ君」 どどどどど、と連続で雪が落ちる。 マコトの肩は上がりっぱなしで声も裏返った。 「俺はね、自分で言うのも情けないけど臆病者なんだ」 「見てりゃわかるよ」 「けどね、好きな人を守るぐらいの勇気はあるんだ」 マコトは肩をあげたまま、だらしなく笑った。 アイは顔を反らしながら、雪の落ちる音を聞いた。 2/7 赤い中身 うねうねして、てらてら濡れてて、なんだかエロい。 ぼんやりとしか見えない画面には、赤いく色づいた俺の中が映ってる。 「異常はとくに見られませんね。扁桃腺はかなり腫れてますが」 起き上がって、口をゆすぐ。 軽い立ちくらみを覚えながら診察室を出た。 「エロかったな」 イナは相変わらずニヤニヤしてる。こいつはなんて病院が不似合いなんだろう。 そばかすの浮いた顔は幼いが、目つきは鋭く身長はゆうに180はある。 アンバランスなのは外見も内面もだ、こいつ。 「俺はあんまり見えなかったけど」 待合室の硬いソファに座ると、イナは俺の隣に座った。 やっぱり喉は痛いし、声はでにくい。 「なんかよ、赤くてうねってて濡れてて、さ。夜中のダイヤもびっくりだな」 「意味わかんねえから」 喉が痛くて、声も出にくくなって、最終的に飯も食いにくくなってきたから たまたまバイトが休みの今日、病院にきて鼻からカメラを入れた。 なぜかイナもついてきた。 「あー興奮したした」 イナは顔を歪めた。 2/5 柔らかい涙 戻ってきたマキは、不思議そうにしている。 彼女はさっきまで卓也くんが座っていた場所を見つめている。 「タクは?」 「帰ったよ、さっき」 「なんで?」 声が上擦っていた。彼女が泣きそうなときの声だ。 「分かってたって、言ってたよ、彼。マキの気持ちを。 俺がねマキを幸せにできないっていったら 彼はマキが幸せならそれでいいって言ったんだよ」 その言葉が終わらぬうちに彼女は目を覆い、涙を隠す。 しかし頬を流れる涙はとめどなく溢れてくる。 静かに頭を撫でてやった。 「私、最低」 「俺もだよ。それにしても卓也くんイケメンだったな」 「ええ?中の中じゃないの?」 マキは顔をあげ、笑った。 2/3 ただのエロかΣ(゜A。) 真っ赤な太陽=真っ赤な血。俺はそれを思うたびにぞくぞくすんだ。 赤はいいぜ。何がって特に理由はないけど、まぁぞくぞくするだろ。 大体世の中にちゃんとした理由なんかあると思うか? 飯食うのは生きるためで、じゃあ生きる理由は? 人を殺すのはほとんど衝動、怨みなんか後付けだろ。 ちゃんとした大人になれっていう理由もないだろ。 大体、ちゃんとした大人かどうかの判断基準だってわかんねえし。 ただ、俺は一つだけすげえ理由をもってんだ。別に理屈っぽい人間ってわけじゃないけどな。 セックスする理由だよ。気持ちいいからだろ。 そんで気持ちいい理由ってのはセックスするから。 そんなこと考えながらやってると頭ン中いよいよ真っ赤になって最高に、イイんだ。 お前も考えてみろよ とかいうことをイナは言いながら、俺の下の穴に指を突っ込んできた。 なんの前戯もなく本当にいきなりでかなりキツイ。 できるだけ楽な体勢にしようともがくが、 イナは俺を椅子に座らせたまま背後からぐいぐい指を食い込ませる。 「やめろよ無理だろこの体勢は」 「中はびくびくしてんよ」 何が厄介って、いきなりの事態にも関わらず体はすぐに順応して感じ始めることだ。 事実、もう息使いは荒くなる。くそ。 なんとか立ち上がり、机に手をついて尻を突き出す恰好になる。 イナは空いている方の手で俺の乳首を弄りはじめた。 こいつの指はいつも冷たく、無情にも体はびくんと反り返る。 穴に入れられた指が三本になったころ、もう俺は息も切れ切れ、 ちんこも立派に勃起してる。 2/1 モア、アンド、モア 大嫌いだ。嫌い。嫌い。嫌い。 死んでしまえ。 不意に心臓のあたりがぎゅうっと痛くなる。お前なんか。 嫌いだ。 嫌い。 お互い、気持ちは見え透いてるのにどうしてだろう。馬鹿みたい。 涙を見せたりも、心のうちを見せたりもしない。絶対しない。 なんで一緒にいるんだろ。 たった一本のこんな細いコードで繋がってるだけなのに。 馬鹿みたい。 お前みたいなやつを好きだったなんて、馬鹿みたい。 1/31 氷が溶けたら水とは限らない 真冬の朝。 私の指はみるみる冷えていく。 だけと冷えるのは指だけじゃない。私はそれを知っている。 人の心だ。 事実、隣の部屋で寝ているであろう男を想う気持ちは氷のようだ。 自分で探り、触れることが恐ろしいぐらいに冷え固まっている。 ドアがノックされる。 男は泣きながら訴えている。 私はドアにもたれてため息をついた。彼はノックをやめた。 いつからか、なんてわからない。 ただ見てみぬふりをしてきた結果がこれだった。 彼の泣き声を聞くたびに私の心は極寒。 空からは清々しくそれでいてささやかな陽光が差し込んでくる。 カーテンの隙間を縫うようにして私の足先に触れる。温かい。 もし本当の氷なら、この温かさに触れることで溶けて水になるだろう。 水はやがて流れとなり、絶え間無く続く。それは想いに似ている。 でも私の氷はきっと違う。 温かさに触れたら最後、跡形もなく消えてしまうだろう。 私だって本当はいつまでも続く流れを作りたかった。 愛したかった。 1/29 OTHER SIDE 「お前まだガキだろ」 俺のことを乱暴に抱いた後、イナは言った。 笑っているらしいが、顔が歪んでいるようにしか見えない。 鼻にういたそばかすが年をわからなくさせている。 「俺もガキだけどな」 何がいいたいのかわからない、と顔で示してみると 彼はますますぐにゃりと顔を歪めた。 「ま、気が済んだら出てけばいいから」 雨宿りのつもりでアパートの階段に座っていたら 俺はイナに拾われてそのまま抱かれてしまった。 毎度のことながらセックスの後ね脱力感ははんぱない。 ベッドにもぐってじっとしていた。 「ダイヤ、お前さ飯とかつくれる?」 昨日教えたばかりの名前を、イナは何年もそうしてたみたいに呼ぶ。 「少しは」 「じゃ、頼むな」 そう言い残して彼は上半身裸のまま部屋から出ていった。 1/28 君の音楽 「俺こんな耳、いらないってずっと思ってた」 雨の中、二人ではせまい遊具の土管も今は居心地がよかった。 周りは雨粒に囲まれて、土管の中も反響がすごいにもかかわらず かなでの声だけはクリアに聞こえた。 「雑音、ばっか。別に親を怨んでなんかいない。音楽は好きだから」 めぐむは彼の母親を思い出していた。 一度だけ、ほんの5分か10分の会話だったが 彼女は彼女の生き甲斐である音楽と同様自分の息子も愛していた。 「ただ、違うんだ。自分の求める音と、自分が出す音が」 合いの手をいれるタイミングも、それ自体何を言ってよいのかもわからずに めぐむは静かに彼の声と雨の不思議な和音に聴き入っていた。 「気持ち悪いんだ、そういうのって。わかんなくていいけど。 なんか音に見捨てられたような気がしてどうしようもないっつか。 けど雑音ばっか拾うんだ。嫌いな音ばっか拾う。 たまに耳が聞こえなくなったり、もするんだ」 はっとして顔をあげると彼もめぐむを見ていた。 にゅっと大きな指がのびてきて彼女の柔らかな髪を撫でた。 「病院にいったんだけど、ストレスじゃないかって。 笑えるよな。好きだったはずの音楽がストレスってさ」 笑えないよ、と言いたかったがここでは響きすぎてしまう。 めぐむは仕方なくそのまま黙っていた。 かなでは、しかし、ふっと緊張を解いたようだった。 「けどな、俺、また音楽で救われたんだ」 雨の音。 「お前の、ピアノだよ」 ポロン、と何かが土管の中で弾けた。 「はじめてめぐむのピアノを聞いたときに、俺泣いたよ。 お世辞にもお前のピアノは上手いとは言えないけど」 ふっと笑う。柔らかい微笑みだった。 「純粋なんだって気付いた。俺に足りないものも、 俺が求めてたものも。純粋さそのもの」 めぐむは泣いていた。 その涙をかなでの指が救う。 しかし彼も泣いていた。 おそらく違う理由だが涙を二人で流していることが 何か重要な意味をもっているようであった。 「明日になったらきっと忘れてちまうんだろうけど」 ずっと鼻をすすると音が響く。 「忘れていいけど、さ。俺、お前が好きだよ」 「忘れたくなんか、ないよ」 めぐむの涙が土管のかわいた肌に染みをつくる。 1/26 指先で内緒 静かな夜。冷気がしんしんとしゃべっているようだ。 「おきてる?」 「おきてるよ」 自然と声を潜めてしまう。でもその方がこの空気にあっている気がする。 「手が冷えちゃった」 「僕も」 指と指が触れる。最初は爪の先が触れる程度だったが、そのうち指を絡めた。 よく似た指、よく似た顔。 ふふ、とお互い笑った。 「なんかセックスみたい」 「私も思った」 夜は更けていく。 1/25 笑おうとした 花火に似た音が、盛大に響き渡った。 花火なんてもう見てないな、となつめはぼんやりと考えた。 どさりと倒れたのにいくばくも無かったが、それが自分であることに 彼女が気付くにはまだ相当な時間がかかりそうだった。 「おいっなつめ!」 耳元でダイが叫んでいる。 いつも滅多に話したりしないダイが、自分の名前を呼んでいる。 ああ、私、倒れたんだ。 ぼんやりする視界の中、辛うじてダイの輪郭を捕らえた。 「だい、じょぶ…」 「喋らなくていいから、黙れ」 「ね、ダ、イ」 両腕になつめを抱えたが、彼女は人形のようにぐったりとしている。 力が入らないのか、微笑む顔さえも泣いているみたいだった。腹からじわじわと血が滲む。 「私、どうせ、し、ぬ、予定、だったから」 「黙れって言ってんだよ!」 「ゆ、いごん」 言葉を一文字発するたびに、銃弾を受けた場所がずくりと熱くなった。 それでも自分は何かを残さなければならない。そんな気がした。 もう力は入らないけれど、不思議と口だけは動く 「わ、たしは、うれしかった、よ。ダイ、と過ごしたこと だ、から、だ、から」 生温い指が、ダイの頬に触れた。 しかし、今まで感じたことがないほど温かかった。 「死ぬ、なんてい、わないで。そんな、に綺麗に、泣けるんた、から」 その言葉で、自分が涙を流していることにダイは気付いた。 「も、わかったから、だから、喋るな」 「ちょっと、眠い」 なつめが目を閉じた。 ダイの両腕に、ずっしりとした重みが残る。 と、その時、背後で拍手が鳴った。パチパチとゆっくり嘲るように。 「美しい、メロドラマをありがとう。あんたも落ちたわね」 「地べた這ってるお前に言われたかねえな」 ダイは立ち上がりながら拳銃を構えた。 まっすぐに相手の額を狙う。 「まさかお前だったとはな、エース、いや天宮サラとでもよぼうか」 「あら、ご丁寧にありがとうダイ、いえ、宮隅ダイゴ」 ダイは静かにトリガーをひく。 1/24 ごめんねの意味を 彼氏が、おった。 その人には奥さんも、子供もおったけど、アタシはかまへんかった。 好きやってん、それだけ。 「好きやもんな、しゃあない」 イズミはいつも困った顔をしてそう言った。 彼女とは中学も高校も一緒。 性格も見た目も全然違ったけど、アタシらは仲が良かった。 よく、学校の帰り道に寄り道してはくだらんことをよく話した。 イズミは自分の彼氏の話を話していた。 彼女は、自分からはアタシのことをよお聞かんかった。 それがうれしかった。 三ヶ月近く生理が来ないから怪しくおもって妊娠検査薬を買ってきた。 絶望とも、喜びとも違う、気持ちになった。 意味がわからん。 まだ子供やのに、自分の中に子供がいるいうことが。 死ぬ、ということしか頭に浮かばん。 いつものように寄り道した公園で、アタシらはポツポツしゃべった。 ふと、もしアタシが死んだらお腹の中の赤ちゃんも死んで、 それは殺人になるんかと思ったら不意に怖くなった。 コンドームもつけんとセックスしとったくせに その結果が殺人で、それを怖がる自分が怖い。 イズミは不安げにこっちを見ていた。 夜、ベランダに立つ。 対して高くないから、わざとうちどころを悪くせんとあかん。 変な風に体を折って、一瞬だけバランスをとる。 「ごめん」 思わずそんなことばが漏れた。 ずっと黙っていたことをイズミに謝っているのか それとも これから殺してしまう自分の中の小さな命に謝っているのか わからへん。 ふっと、力を抜いた。 *** あの子の残像 アカネが、死んだ。 ベランダから飛び降りて自殺やった。 「好きなら好きでええんちゃうの?」 アカネはよく、そう言った。 いつから仲良くなったんかは覚えてないけど、アタシとアカネはいつも一緒。 中学も、高校も。 帰り道は二人でアイスを買って、近くの公園に寄ってベンチで食べた。 夏はうまい、言いながら。冬は寒い、言いながら。 アカネは変に肝が座ってる子やった。 アタシはそんなアカネの友達になってる自分が少し嬉しかった。 「しゃあないよ、好きやもんな」 「そやねん、それが問題やんなあ」 アタシらはよく恋愛の話をした。 といってもアタシの話をアカネにしてたぐらい。 アカネは自分のことを絶対にしゃべらんかった。 アタシが聞いても 「アタシのこと好きになるんはどこの物好きやねん」 と言って綺麗な顔で笑った。 「なあ」 アカネが不意に神妙な顔になった。寒い日やった。 「何?」 「くだらん話やし、わかってもらえんと思うんやけど」 アタシは、アカネがやっと自分の恋愛の話をしてくれると思った。 じっと彼女の端正な横顔を見つめた。 「人、とか殺したらどないする?」 硬直。 はじめ、アカネが何を言いよるかわからんかった。 ゆっくり瞬きを繰り返しているうち、思考もゆっくり動きI始めた。 アカネも、アタシも、動かない。 「ふ」 アカネが笑った。 「何ビビってんの?いくらアタシでも人までよう殺さんわ」 「わからん、アカネはのノリは」 アタシも、笑った。 それから一晩あけて、アカネは死んだ。 お腹には、赤ちゃんが、いたらしい。 妊娠検査薬がごみ箱に捨ててあった。 しばらくして、アカネには付き合っている男がいて 10歳以上は年上で、妻子もちってこともわかった。 男はアカネが妊娠してたことも、死んでしまったことも、知らなかった。 1/23 何も 充満するカビの臭いで目が覚めた。 ぼんやりとそのまま横になっていたものの、どうしていいのかわからない。 湿ったシーツに包まっていると、次第に自分の感覚さえ奪われていきそうで それでも確かにこのひんやりしたシーツは、私の肌を包み、 そして私は自らの肌でこのシーツを感じている。 それはまごうことなき事実、感覚の失われていない証拠。 安堵とも絶望ともとれないため息が零れた。 暗闇、である。底無しの。 ふと戸が軋む音がして、細い光の筋が伸びた。 薄闇に転じたこの空間は、しかし依然として沈黙を守っている。 かすかに見える鉄格子と、 それによって私がいる場所といわゆる「外」が隔離されており つまり私は閉じ込められている、とわかる。 カツン、カツン、と微妙な間を持たせて歩いてくる誰かは 薄闇に溶け込んだ空気のように姿を現すことを潔しとしないようだ。 カビの臭いだけが気流をつくっている。 「寒くない?」 声はでない気がしたので首を振った。 驚くことに声の主は見えるのだろう、ふ、と答えるように息をもらした。 「ここに、置いておくからね」 鉄格子の向こう側に、何か置かれた。 「もうすぐ、出られる。傷も癒える」 声の主は呪文のように何度か繰り返していたが、不意に口をつぐみ、 またカツン、カツン、と歩き戸をしめた。 また元の暗闇に戻る。 私はぶざまにはいつくばり、置かれたものに手をのばした。 ぬめり、とした手触りとともに血生臭さも鼻をつく。 しかし口に運んだ。 半ば本能的に。 口にした途端、激しい拒絶感と幸福感を共に感じたが その拮抗さめやらぬうちに飲み下した。 まるで、 まるで生き物を食べているかのようだった。 また、カビ臭いシーツに包まると静かに眠気がやってきた。 1/20 タブー 「塚ちゃん、ごめんね」 はまちはなんとも言えない顔をして、それから俯いた。 こんな美人にそんな顔させるなんて、俺は最悪だ。 「はまちのせいじゃないよ。俺が、悪いから」 「私は」 彼女はもう冷めてしまったコーヒーを、一口。 俺はもう溶けてしまったバニラアイスを、一口。 深夜のファミレスで、男一人女一人、互いに向かい合っている。 傍から見たら別れ話をするカップルに見えるだろうか。 「私は、ただ」 ただ、普通と違うのは 同性を好きになってしまうことだ。 少しトクベツなだけだ。 「私は、ただ、女の子が好きなだけ。でも」 形のいい唇が歪んでいる。 「塚ちゃんが好きなんだよ」 1/19 ピストル 「やめて!」 一瞬。そう呼べるのかわからないほど短い瞬間。 高らかに響き渡った拳銃の音、微かな硝煙の匂い、 鈍い振動、重い沈黙。 ダイは倒れていた、が、それはバランスを崩したわけではなく 彼をかばったなつめが上に被さるように倒れてからだ。 状況の把握できなかったダイだったが、 なつめの腹にあたった自分の手が湿って温かいのにきづく。 後ろから起き上がりざまに彼女を起こしたが、 体に力が入らないようで、ダイが支えていても フラフラと頼りない。 「なつめ!」 べっとりと手を濡らすのは間違いなく彼女の血だった。 なつめは息を荒くしながら、静かに微笑んだ。 「ね、はは、打たれた」 「喋るな」 「も、いいの」 ダイの頬に彼女の指が触れる。 驚くほど温かかった。 1/17 首を掴む眼、その一瞬 ちひろは眠っている。 小さな瞳は瞼の奥で眠っている。 そのはずだが、たまにギョロギョロと動くのが気味が悪い。 一刻も早くその場所を離れたいのに、ちひろは手を放してくれない。 ギリリ、と細い指が手首に食い込んでいるのに。 放して、と息だけで言った。 無論、聞こえるわけがない 起きるわけがない。 次第につもりつもった嫌悪の奥から小さな光りが漏れた。 放して、と言っておきながら。 もしこの手をあっけなく放されたのなら、私は死ぬだろう。 せめてこの手首がちぎれるまでは。 小さな瞳は、また、思い出したようにギョロギョロ動いた。 1/16 薄らぐ朝日に 最近はまだ陽がでないうちに自然と目が覚めるようになった。 雨戸を開けても暗さは変わらない。 ただ、布団から出て体が冷えていく瞬間が好きだ。 指がかじかむ瞬間も好きだ。 好きなものだけ纏めた箱を作ることはできないだろうか。 静かに音を聞く。 しんしんと、冷えた空気が降り注ぐ音。 遠くで気付いたように鳴るクラクション。 叫び声みたいな救急車のサイレン。 優しく歌う雀の声。 まだ目覚めない空を笑うみたいな烏の声。 世界が動き出す音。 一日が始まると思うと、胸がきゅっとして切ない気持ちになる。 喉がひくひくして、臆病になる。 けれども鼓動は早くなり、静かに朝を迎えるのだ。 薄らぐ朝日に、1番のあいさつ。 1/15 南部屋 もう先は長くないと主治医には言われた。 辛いかもしれないですが、気丈に振る舞うことをお勧めしますよ、とも。 生来、私は気丈なタチではないから空元気など逆に怪しまれるというものだ。 告知の方はどうされますか、と医者は尋ねてきた。 答えあぐねていると、優しく諭す様に ほとんどのケースでは、私たち病院側から伝えておりますが、と言う。 じゃあ、と頷きかけただけだったが、医者ははい、としっかり頷いた。 「なんだったの、先生は」 空になった花瓶を洗って、窓際とテーブルに置くと彼女は尋ねた。 本当は花瓶に入っていた花はまだ二、三日は十分もっただろうが それがじき萎れる様を誰が見たいと思うか。 私はいてもたってもいられなかったのだ。 タイミングがずれて、おそらく数時間前に医者に呼ばれた内容を問うているのだと察した。 断固たる口調だった。 「先生」 私は嘘をつくのが苦手だ。 私の顔をじっと見つめていたが、彼女はふと笑った。 南部屋でよかった、と最近は強く思う。 おそらく前のような大部屋だったらこんなときの表情も 恐ろしいほど青く見えただろうが、南部屋は明るいからそれほど悪そうには見えない。 「そうか。嫌な役回りさせちゃったか」 昔のままのつぶやきだった。彼女は困ったように微笑んだ。 しかし彼女にそんな微笑みをさせてしまったことが、悔やまれた。 「先生、大丈夫です、そんな、ことは大丈夫です」 「ははは、君ね、そんな泣きそうな顔で言わないでくれるかしら」 私は嘘をつけない、かつ、すぐに顔に出るのだ。 私は自分の性格が嫌いではなかった。 だから空元気でも、そういう有り合わせのものでできるようなものを、作ることができない そんな自分が恨めしいと思ったのはそれきりである。 *** 少年はいつか能力を殺す 死にたいと思うのはいつもだった。 あの壁の向こうに広がる、人間としての世界にあこがれるたびに 私はいつも死にたくなってばかりだ。 今だって、壁の向こうから聞こえる何かの式典の空砲が虚しく響き渡るのだ。 馬鹿騒ぎしている奴らはこっちの世界を知らない。 悪臭を、悪意を、悪魔を、悪そのものを。 「また見てるの?」 アカが袖を引っ張った。 彼はだらし無く口からよだれを垂らしている。 口の筋肉がイカれてるらしい。 聞いた話によるとアカは数年前に壁の向こうのやつらに襲われて ヤられたあげくに頭をなんかに打ち付けられて失神。 気付いたら口からよだれ。それでも彼は死のうとしない。 私にしてみると考えられないほどの前向きだ。 私はこんなに死にたいのに。 五体満足、なんてことば消えてなくなれ。 「なんのお祭りだろう」 「知らない。アカ、あんまり近付くとまた襲われるかもよ」 「馬鹿だろ」 アカは壁に耳をくっつけた。 「馬鹿騒ぎしてら。あいつら自分の欲を満たすために生きてんだ」 「役に立ててよかったじゃない」 意識はここにないが、勝手に言葉が零れた。 アカはそんな言葉にたいして何かを言っていたけど私にはもう聞こえなかった。 こんなところ、私が生きる所でないのに。 死にたい。 「あ、アカ」 その場を離れようとするアカを引き止めた。 「あんた返り血浴びすぎでしょ」 彼は自分のよだれと誰とも知れない血が混ざった液体を拭い、 それがついた指をじっとみてから、にやりと笑った。 「暇だったんだ」 彼の顔はペンキを塗りたくったように真っ赤だった。 ああ、死にたい。 1/14 告白 「好きなんだよ」 彼は俺の目の前で泣いている。大粒の涙が流れていく。 男も、こんなに泣くんだと他人事みたいに思える。 俺は人を好きになったらこんなに泣くだろうか。 彼がこうして泣いているように、俺は泣くだろうか。 「好きになって、なって、ごめん、ごめ、ごめん」 しゃくりあげるから言葉が続かない。彼は崩れた。 壊れたラジオみたいに同じ言葉ばっかり繰り返す。 俺は上から見下ろすだけ。 言葉をかけるべきではないようだったし かけるべき言葉など思い付かなかった。 「好きすぎ、ぎ、ぎ、て、ごめ、ん」 涙を流す彼は、誰よりも愛しく思えるのに。