neo-melodramatic



「ここもか。」

ほとんど色素のない髪の毛をポンパドール風にあげた彼は、ゆっくりとそうつぶやいた。首にある、赤いリボン結びのネクタイを結び直す。服装も奇抜で、燕尾服のような上着に赤いネクタイ、タータンチェックの赤いズボン。黒い革靴を履いている。荒れきったこの風景にはとてもそぐわない。

「サトイ。」

そう呼ばれて、彼―サトイはゆっくりと振り向いた。そこにはサトイとは対照的な漆黒の髪を風になびかせ、同様の色の眼帯を右目にあてた彼女が立っていた。白いキャミソールワンピースをまとい、すらりと長い足をおしげもなくだしている。ただ、足首からつま先にかけて黄ばんだ包帯に包まれている。

「ここもなのね。」
「うん。足は?」
「そんなに感じない。種が違うのかもしれないわ。」
「でも一応換えておこう。」
「お願い。」

二人は、おそらく鉄筋でできた建物が立ち並んでいただろう、今はもう見る影もなくコンクリートの墓場となった街をゆっくりと歩いた。乾燥した砂がさらさらと舞い上がる。少し離れた場所に、焦げ付いてしまったのか真っ黒な十字架が何十万もたたずんでいる。



2504年、第四次世界大戦が勃発。
すでに第三次で土地の半分が砂漠化していた地球には、ダメ押しだった。その中でもっとも驚異的破壊力を示したのは「植物性核爆弾」。某国で極秘裏に開発されていたそれは、以前までの核爆弾とは違い、爆発した際に侵食性の植物ウィルスが飛散するものだった。
この植物ウィルスはいうなれば「肉食」で、人間の皮膚に付着するとすぐに皮膚を侵食し、骨まで達し全身を蝕む。そして激しい痛みを伴いながら、体が腐乱する。おまけに核爆発つきとくれば、すべてが滅びるには十分すぎる要素だった。第四次世界大戦は、驚異の三日間で前代未聞多さの犠牲者を出し終結した。

しかし焦ったのは爆弾の開発者たちだ。はるか海を隔てて植物性のウィルスを放ったにもかかわらず、自分の国の人間までもが感染して次々と腐乱していくのだ。計算に誤差が生じた。ウィルスは驚異的なスピードで進化をくりかえし、意思をもった「生物」として風にのり、やってきたのだった。
開発者たちは、以前から用意してあった地下の防災シェルターに、なんとか生き残った人間をつれて地下都市を作り上げた。



「ねえ。」

苔むしたコンクリートの残骸に座り、彼女―ケイナはゆっくりと右足を差し出した。僕はひざをつき、その足に巻かれた包帯をはずしていく。なれたものだ。

「いつ死ぬのだと思う?」
「何が?」
「あたし。」

おどろいてケイナを見上げるが、ケイナは彼女の特徴ともいうべき無表情で、自分の言った言葉の意味を理解していないようにさえ見える。

「バカなこというなよ。まだわかんないだろう―」
「どうかしら。」

長い包帯がすべてとれて、ケイナの足があらわになる。思わず息を呑んだ。

「結構キてるでしょう?」

ケイナの足には黒いあざのような、荒くれだった皮膚に覆われていて不気味な汁を滴らせている。そう、ケイナも植物ウィルスに侵されている。

「痛くはないの。そんな驚いた顔をしないで。」
「でも眼のときは狂いそうになってたじゃないか。」
「眼はきっと弱いのね。よくわからないけど、細胞が上手く定着しているってことでしょう、足とか。」
「プランターン、か。」
「困ったものよ。サトイみたいに完璧なプランターンならよかったのに。もしくは人間ならひと思いに死ねるのにね。」

ケイナは左足の包帯もとった。もちろん植物ウィルスの所為で右足と同様だ。コンクリートの上からすとんと軽々ジャンプして、僕から離れていく。

「包帯してないのに歩くなよ。」
「自然乾燥でもしないと腐るばかりだわ。」
「ケイナ。」
「それにね、あなたの声は好きだけど歌は大嫌いなの。」

ケイナは振り向きもせず、そのまま建物の残骸の陰に隠れてしまった。彼女はいつもこうだ。



地下都市にこもり、懲りずに科学者たちがつくりだしたものは対植物性人間―プランターンだった。
植物ウィルスのもととなる細胞を加工、それをいわば予防注射のようにして人間に埋め込む。不可能に思えるこの研究だったが、なんとか完成し地下都市の研究室には、数体のプランターンが誕生していた。
しかし。
それが完成するまでの時間は、ウィルスが核のもとで進化する十分な時間だった。ウィルスが進入しないよう最新の整備で作られた都市にも、とうとう感染者が出て都市は崩壊へと走っていった。

最新機器は古代の遺跡のようにすぐに苔むし、辺りには人間の腐乱臭があふれていた。そんな中、生き残ったのはプランターンの双子である僕とケイナ。他にもプランターンの子たちはいたのだけど、自分の体の細胞と埋め込まれた細胞とが拒絶反応を起こして死んでしまった。僕らは運がよかったのだろう。正確には、僕が。
ケイナは植物ウィルスと中途半端に融合しているから、右目がそれの所為で腐り落ちても、じわじわと足先から侵されていっても、死なない。死ねない。



植物ウィルスはいくつか集まると、木のようになってすぐに枯れる。その枯れ木は黒くなってさながら十字架みたいになっている。それがこの砂漠に何十万もたたずんでいるあれらだ。僕はその黒い十字架を少し眺めてから、さっきケイナが腰を下ろしていたコンクリートの上に立つ。大きく深呼吸をした。苔の青臭い匂いで肺が満たされる。唯一この廃墟に彩を添えているのは、皮肉なことに群体となったウィルスたちだ。足に苔の感触が心地よい。

僕はプランターンだから、植物ウィルスに触れたとしても、何も起こらない。体の中で同化される。

僕が、死んだ人たちに、このコンクリートの墓場に、人間の所為で凶暴になった植物たちにできる、精一杯のこと。声帯を震わせる。

「―っ」

僕の声帯にはある種の超音波のでる機器が埋め込まれていて、歌うことによって超音波がウィルスの進化を促す。逆効果のようにも思えるのだけど、急激な進化についていけない植物は細胞内で連続的に爆発を起こし、自滅する。

「やめて―」

かすかにケイナの声を感じながらも歌い続ける。彼女の両足のウィルスも進化する。けれども体の細胞がそれを食い止めるからすさまじい激痛がはしるらしい。互いの細胞が拮抗しているから、彼女の進化しようとるすウィルスは爆発も起こさないが、そのかわり自滅もしない。


ケイナは僕が歌う間、いつも激痛にたえている。 街に巣くうウィルスとケイナのウィルスが共鳴してしまうときがあるとさらに厄介で、ケイナは意識を保っているのがやっとになる。 それなのに、なぜ彼女は死なないのか。いや、死ねないのか。

「サトイッ―」

足元の苔がざわりと動いた。進化し始めたんだ。そして爆発を起こし始める。ケイナの叫び声が大きくなった。
感染者特有の、腐乱液体でぐしょぐしょになってしまった包帯を換える。ケイナはまだ呼吸も荒く、汗をびっしょりかいてうつむいている。顔色は真っ青だ。足のウィルスはといえば、ふくらはぎの辺りまで侵食していた。



「死ねない。」
「え?」

辺りはもう薄暗くなっていて、気休めに火をおこすけれど夜になってしまえば真っ暗になる。ケイナの陶器みたいななめらかな肌が、火に照らされていっそう妖艶に見える。

「あたしはなぜ死ねないのだと思う?」
「わからない。もしかしたら生きるべきなのかもしれないよ。」
「まさか。」

彼女はそっと右目の眼帯を指でつつっ、となでた。ケイナの右目はこれから来る暗闇のような、空洞が広がっている。

「サトイは歌わなきゃいけない。生きなければならない。あたしは苦しむだけ。なぜ?どうして死ねないの?」
「僕らはプランターンだ。植物と同じなんだよ。しかもウィルスのね。死ぬことはない。」

そう、植物と一緒。昼間は光合成をして養分を作り出すし、夜は寝ているだけでいい。自殺を図ったって、無理だ。面倒なもので、頭の中に自殺防止装置が埋め込まれてる。植物ウィルスに万一感染したとしても、人間のために延々と働けということらしい。

「僕らはね人間どうこうの前に、植物であり、それを駆除する道具でしかない。あきらめる道しかないんだ。」
「生きる意味のある人は、あなたみたいなのはいい。それはあなたの都合のいい解釈でしかない。」

彼女は眼帯をとった。そこには何もない、空洞が、暗闇が広がっていた。夜がやってくる。

「バカだわ。右目を失って、足をも失おうとしている。それなのになお、生きている。」
「ケイナ、君は―」
「サトイが殺してくれたらいい。あたしを殺してくれたらいい。」

しん、と静まり返る。火のはぜる音だけが随分遠くで聞こえるような気がした。

「僕がケイナを殺す?まさかそんなことできるわけない。わかってるくせに言うのかい。」

彼女ははあ、とため息をもらして両膝をかかえ、頭をおいた。今度は漆黒の髪の毛が火に照らされている。真っ赤な髪の毛。彼女の意志とは反対にそれは「生」に執着する情熱のように見える。

彼女の細胞が拮抗する。「生」と「死」が拮抗する。それはさながら小さな戦争のようでもある。


結局僕らは、いつも戦争しているんだ。


「僕らはいつだって結局、戦争からは離れられない。」


不意につぶやいた僕を、ケイナがまじまじと見た。眉間にしわを寄せて怪訝な顔をしている。

「君の体で『生』と『死』が拮抗していて、それはまさに戦争みたいなものだろう。君がしつこく頼むものだから、僕はいつかもしかしたら、君を殺すかもしれなくて、それはそれで戦争じゃないか。」
「死ねればいいの。楽になりたい。」

彼女の瞳からが涙がぽろりとこぼれた。もちろん暗闇からもしずくが流れるけれど、それは黒かった。

「もう、考えたくないわ。」

火が一段とおおきくはぜた。空を見上げる。何の星も見えない。

「嫌い。何もかも嫌い。こんな茶番終わればいいんだわ。」
「だけど僕らは、この茶番劇の唯一の登場人物だよ。」

彼女はゆっくりと眼帯をはめて、火を見つめた。

「戦争も、茶番劇も、きらいよ。」





どんな世界でも、どんな土地にでも朝はくる。そうしてまた僕らは次の街へ向かう。朝、ケイナの姿が見えずにコンクリートの街を歩き回る。昨日、僕が歌ったから巣くっていた苔たちはほとんど枯れて真っ黒になっている。ウィルスだったとしても緑が消えうせた街は、まさに「死の街」だった。
広場だったのだろう、開けたそこにケイナは立っていた。崩れてぼろぼろになったコンクリートをじっと見つめて、じっとしている。その様子は何の生命活動をも感じさせず、早速死んでしまったのかと思った。

まさか。
だけどもし。

あれだけウィルスに苦しみ、死ねないケイナが死ぬときが来たとしたら、それが意味のあることなんじゃないだろうか。
僕は生きなければいけない、生きていることに意味があるとすれば、ケイナは死ぬことに意味がある―

「ケイナ。」
「サトイ、コレを見て。」

ケイナの足元を覗きこんでみると、崩れたコンクリートの合間から小さな芽が出ていた。

「これは―?」
「わからない。けれど自滅していないところを見ると普通の草みたいね。」
「まさか、そんなことあるのか?」
「核にもウィルスにも、超音波にも耐えうるモノ。可能性はなくはないのかもしれない。」

ケイナがにやりと笑った気がした。僕もにやりとわらい、恭しくお辞儀をしてケイナに手を差し伸べる。

「行きましょう、つぎの生命へ。僕らの茶番劇を続けよう。君が死ぬまで、僕が死ぬまで。」



END


***

ポルノグラフィティ「ネオメロドラマティック」より。
なんかもう、あんまり深く考えずに読んでください。

 

 

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